第24話:親友の影
【この話について】
本話には、大切な人を亡くした悲しみや自責の念についての描写が含まれます。
同様のご経験をお持ちの方は、ご自身の状態に合わせてお読みください。
もし今、つらい気持ちを抱えている方がいらっしゃいましたら、
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翌日。
アレックスの家を、再び訪れた。
昨日と同じ住宅街。昨日と同じ小さな家。でも、今日は少しだけ違う。カーテンが、ほんの少しだけ開いていた。
ミラがドアをノックする。
「……はい」
ドアが開いた。中年の女性が立っていた。目の下に隈がある。疲れた顔。でも、どこか安堵したような表情だった。
「忘却術師の方ですね」
「ああ。レオンだ」
「昨日は仕事で遅くなってしまって、お会いできず……」
「息子を……よろしくお願いします」
深々と頭を下げられた。
「私は仕事があるので、これから出ますが……」
「何かあれば、すぐ連絡ください」
母親は、奥に向かって声をかけた。
「アレックス、忘却術師の方よ」
「……分かった」
奥から、アレックスが出てきた。昨日より、少しだけ顔色がいい。眠れたのかもしれない。
母親は、心配そうにアレックスを見た。
「ちゃんと話すのよ」
「……分かってる」
「無理はしないで。でも……少しでも楽になれるなら」
母親の声が、少し震えた。この人も、辛いのだろう。息子が苦しんでいるのを、ずっと見てきたのだろう。
「……行ってきます」
母親が出かけた。玄関のドアが閉まる音がした。
アレックスが、俺を見た。
「……入ってください」
*
リビングに通された。
昨日より、少しだけ明るい。カーテンの隙間から、光が差し込んでいる。
アレックスが、ソファに座った。俺とミラは、向かいに座る。
沈黙。
でも、昨日ほど重くない。アレックスは、俯いているけど、昨日のような緊張はない。
「……昨日は、すみませんでした」
アレックスが、小さな声で言った。
「いきなり、あんな……」
「気にするな」
「でも……」
「お前のせいじゃない」
俺は、静かに言った。
「体が、勝手に反応したんだろう」
「……はい」
「それだけ、辛かったんだ」
アレックスが、顔を上げた。目が、少し赤い。泣いた跡があった。
「……今日は、大丈夫です」
「そうか」
「ちゃんと、話します」
俺は、頷いた。
「ゆっくりでいい」
*
アレックスが、話し始めた。
「ダンは……小学校からの友達でした」
声は、まだ少し震えている。でも、昨日よりは落ち着いている。
「俺、小学校の時、転校してきたんです」
「誰も友達がいなくて」
「休み時間も、一人で本を読んでて」
「でも、ダンだけが話しかけてくれた」
アレックスの目が、遠くを見ている。思い出を、辿っているみたいだった。
「『一緒に帰ろう』って」
「それだけでした」
「でも、それが嬉しくて」
俺は、黙って聞いていた。
「それから、サッカーも誘ってくれて」
「俺、運動とか全然だったけど……」
「ダンが教えてくれて、少しずつ上手くなって」
アレックスが、ポケットから何かを取り出した。
切れたミサンガ。
色褪せた青と白の糸。
真ん中で、ぷつりと切れている。
「これ……ダンと一緒に買ったんです」
「サッカーを始めた日に」
「『お揃いにしよう』って」
「二人で付けて、切れるまで外さないって約束した」
アレックスの目に、涙が滲んだ。
「ダンのは……一緒に埋葬されました」
「俺のは……あの日の朝に、切れたんです」
「ダンがいなくなった、あの朝に」
アレックスが、切れたミサンガを握りしめた。
「捨てられなくて……ずっとポケットに入れてる」
「でも見ると、あの日のことを思い出して……」
「だから最近は、見ないようにしてる」
「そのあと、中学でサッカー部に入って……」
アレックスが、少し笑った。苦しそうな笑みだった。
「ダンは、俺より上手かった」
「でも、いつも俺にパスをくれた」
「『お前がゴールを決めろ』って」
「いつも、そう言ってました」
「あの日も……」
アレックスの声が、沈んだ。
「いつも通りでした」
「学校で会って、授業受けて」
「放課後、一緒に帰った」
「『また明日』って、ダンが言った」
「俺も、『また明日』って、返した」
沈黙。
「それが……最後でした」
アレックスの肩が、震えている。
「次の日の朝……ダンは……」
言葉が、途切れた。アレックスは、それ以上言えなかった。俺も、何も言わなかった。
「なんで……」
アレックスの声が、掠れた。
「なんで、俺に言ってくれなかったんだよ……」
「俺、親友だろ……」
「なんで……」
*
「……何も、分からないんです」
アレックスが、膝を抱えた。
「なんで、あいつが死ななきゃいけなかったのか」
「何があったのか」
「何に苦しんでたのか」
「全部、分からない」
声が、震えていた。
「ダンの家族に聞いても、分からないって」
「学校の先生も、分からないって」
「みんな、分からないって言う」
アレックスが、顔を上げた。絶望に満ちた目だった。
「なんで、何も分からないんだよ……」
「せめて、理由が分かれば……」
「少しは、納得できるのかもしれない」
「でも……何も分からない」
涙が、アレックスの頬を伝った。
「分からないから、自分のせいだって思っちゃうんです」
「俺が気づいてれば、止められたんじゃないかって」
「俺が何か言ってれば、違ったんじゃないかって」 「ずっと、考えちゃって……」
「夜になると……ずっと……」
アレックスが、また顔を覆った。
「俺のせいだ……」
「俺が……殺したんだ……」
「……サッカー部の仲間には、話したのか」
俺は、静かに聞いた。
アレックスが、顔を上げた。
「……話しました」
「最初は」
「でも……」
アレックスの目が、曇った。
「みんなも、辛そうで」
「俺が話すと、みんなも泣いちゃって」
「俺のせいで、みんなを辛くさせてるって」
「そう思ったら……もう、話せなくなった」
沈黙。
「みんなは……少しずつ、前に進んでる」
「部活も再開して、練習もしてる」
「俺だけが……止まったまま」
「俺だけが……ずっと、あの日のまま」
アレックスの声が、震えた。
「だから……母さんが、心配して」
「忘却術師に頼んでみようって」
「俺も……もう、どうすればいいか分からなくて」
俺は、黙って聞いていた。
この子は、一人で抱え込んでいた。仲間に話せば、仲間を傷つけてしまう。だから、一人で苦しんでいた。
「……お前のせいじゃない」
俺は、静かに言った。
「え……」
「お前は、ダンの親友だった」
「それは、間違いない」
「でも……親友でも、分からないことはある」
俺は、自分の左手首を見た。青いリボン。誰が結んでくれたのか、思い出せない。
「俺も……仲間を救えなかった」
言葉が、自然と出た。
「……え?」
「戦場で、仲間が死んだ」
「俺だけが、生き残った」
アレックスが、俺を見ている。
「俺も、ずっと思ってた」
「俺のせいだって」
「俺が、もっと強ければ」
「俺が、もっと早く気づいていれば」
「仲間は、死ななくて済んだんじゃないかって」
沈黙。
「今でも、思う時がある」
「でも……」
俺は、アレックスを見た。
「どれだけ自分を責めても、死んだ人は戻らない」「お前が壊れても、ダンは喜ばない」
アレックスの目が、揺れた。
「ダンは、お前の親友だったんだろう」
「だったら……お前に、生きてほしかったはずだ」
「幸せに、なってほしかったはずだ」
俺は、静かに言った。
「お前が自分を責め続けることは、ダンの望みじゃない」
*
アレックスが、泣いていた。声を上げて、泣いていた。
「でも……俺……」
「どうすればいいか、分かんないんです……」
「ダンがいない世界で……」
「どうやって生きればいいか……」
俺は、アレックスの肩に手を置いた。
「一人で抱え込むな」
静かに、言った。
「お前は今、俺に話してくれた」
「それだけで、十分だ」
「辛い時は、誰かに話せ」
「一人で抱え込むな」
アレックスが、俺を見た。
「今から、施術を行う」
俺は、言った。
「施術……」
「ああ。お前の記憶に触れる」
「ダンとの思い出は、消さない」
「出会った日も、一緒にサッカーした日も」
「全部、残す」
アレックスが、目を見開いた。
「じゃあ……何を消すんですか」
俺は、静かに答えた。
「あの朝の記憶だ」
「ダンが……いなくなったことを知った、あの朝」「お前が自分で見た光景」
「その記憶を、消す」
アレックスの目が、揺れた。
「ダンが死んだという事実は、消えない」
「お前は、それを知っている」
「でも、あの朝の光景がなくなれば……」
「何度も何度も蘇ってくる映像が、止まる」
俺は、アレックスを見た。
「ダンを忘れるんじゃない」
「ダンと過ごした日々は、全部残る」
「ただ、あの朝の記憶だけを……消す」
アレックスは、しばらく黙っていた。
「……お願いします」
小さな声だった。
「俺……前を向きたい」
「ダンのために」
「ダンと一緒に……生きたい」
俺は、頷いた。
「目を閉じろ」
アレックスが、目を閉じた。
俺は、アレックスの額に手を当てた。意識を集中する。
記憶の世界に、入っていく。




