第18話:見つめる者
執務室の窓から、朝の光が差し込んでいた。
私は、端末に表示されたデータを見つめていた。
記憶の庭園。アクセスログ。
レオン。昨日、二度目の訪問。
そして、あの糸へのアクセス記録。
あの糸。
青と赤が絡み合った、特殊な糸。
本来、レオンの前に現れるはずのないものだった。
厳重に隔離していた。アクセス権限も剥奪し、検索対象からも除外していた。
なのに、現れた。
「……想定外、か」
声に出して、呟いた。
指先が、わずかに震えていた。
気づいて、手を握りしめた。
感情を表に出すな。それは、私の弱さだ。
レオンは、あの記憶の断片を見た。
疑問を持ち始めるだろう。
自分の過去に。自分の存在に。
だが、まだ核心には届いていない。
計画に支障はない。
机の引き出しを開けた。
奥に、一枚の写真がある。
古い写真。色褪せかけた写真。
手に取った。
小さな女の子が、笑っていた。
栗色の髪。茶色の瞳。髪には、赤いリボンが結ばれている。
八歳。あの頃、彼女はまだ元気だった。
*
『パパ、見て!』
声が聞こえる気がした。
施設の廊下を走ってくる、小さな足音。
『あの子と友達になったの』
息を切らせながら、嬉しそうに報告してくる。
『すごく優しいの。私が転んだ時、ずっと傍にいてくれたの』
『そうか』
『うん。だから、私もあの子の傍にいるの』
無邪気な笑顔。
私は、その笑顔を見るのが好きだった。
『パパ』
『なんだ』
『私、あの子と約束したの』
『約束?』
『大人になったら、一緒に外に出るの。私、体が弱いから外に出られないでしょ。だから、あの子が迎えに来てくれるの』
『……そうか』
『絶対だよって言ってくれた。絶対に忘れないって』
彼女は、胸の前で手を組んだ。
『私、信じてる。あの子は絶対来てくれる』
目を閉じて、祈るように。
『だから、私も絶対に忘れない』
*
だが、その約束は果たされなかった。
戦争が激化した。
彼女の体調も悪化した。
あの少年は、戦火の中で命を落とした。
そして彼女も。
私は、二人とも救えなかった。
写真を見つめた。
娘の笑顔。無邪気な笑顔。
もう、見ることはできない。
生身の彼女を、抱きしめることはできない。
「……リア」
名前を呼んだ。
声に出したのは、いつ以来だろう。
この名前を口にするたびに、胸が軋む。
あの笑顔を、もう一度見たい。
あの声を、もう一度聞きたい。
ただ、それだけだ。
それだけのために、私は全てを賭けた。
写真を、引き出しに戻した。
感傷に浸っている暇はない。
端末に向き直った。
蓄積率。順調に上昇している。
レオンが依頼をこなすたびに、数値は上がっていく。
閾値に達した時、全てが動き出す。
「もう少しだ」
呟いた。
次の依頼の資料に、目を通した。
レオンの存在希薄化は、着実に進行している。
それも、想定通りだ。
窓の外を見た。
朝の街が、穏やかに広がっている。
全ては、彼女のためだ。
「待っていてくれ、リア」
窓の外、光が街を照らしていた。
この世界の誰も知らない。
この光が、誰のために灯されているのかを。




