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三題噺もどき4

時計台

作者: 狐彪

三題噺もどき―ななひゃくじゅうに。

 




 真っ白な雪が降り始めていた。

 外を舞うその白は、ふわふわと柔らかそうに見えた。

 あれのせいで、寒さに拍車がかかっているのに、触れてみたいと思った。

「……」

 空には満月が浮かび、大きな穴をあけている。

 今にもこの世界のすべてを飲み込もうと、空が大口を開けているようにも見えて。

 ―いっそそうなってしまえばいいのになんて思ってしまう。

「……」

 暗い、暗い、部屋にいた。

 灯りなんてものは1つもなく、鉄格子から差し込む月の光がぼんやりと照らしている。

 それもほとんど頼りない。すぐに雲に隠れて、部屋には重苦しい暗さが居座る。

「……」

 それでも視界に不良はない。

 夜を生きる化物として生まれたのだから。

 暗い部屋なんて、むしろ視界良好なくらいだ。

「……」

 そのはずなのに、視界がぼやけている。

 頭が働いているような感覚がない。

 ただ、起きているから、動いているだけというような。

 意味もなく訳も分からず、ただ生きているだけのような。

 死んでいるはずなのに、生きているだけのような。

「……、」

 突然、空気が震えたような感覚があった。

 視界も少し、揺れただろうか。

 あぁ、もうそんな時間なのか。

「……」

 ここは、下に住む人間たちには、時計台と呼ばれている。

 巨大な鐘が鳴り、時間を告げる、それだけのモノ。

 鐘が鳴れば、起きたり、寝たり、帰ったり、仕事に行ったり、そんなことをするのだと。

「……」

 生憎、麻痺しきったこの体は、その音を聞くことが出来ないが。

 どうせ、うるさいばかりで、聞くに堪えないようなものだろう。なっただけで、これだけ空気が震えるのだから、相当なうるささだ。

「……」

 音なんて、必要なモノだけ聞こえればいい。

 ―1人の声さえ、聞こえれば、それで。

「……」

 この鐘の鳴る時は、あの人が来る時だ。

 真っ赤な口紅を引いて、三日月のように笑い、犬歯をのぞかせ、冷ややかな手で撫でてくる。

 鋭くとがった爪で頬に赤く線を引き、毒の入った食事を口に運び、太陽の光の入るこの部屋に、1人置き去りにしていく。

 少しでも嫌がれば、拘束されて、何日も何日も、太陽の元にさらされる。焼けては生きかえり、死んでは蘇る。曇りの日なんて、半端に焼けるから、楽に死にも出来ない。

 最近は、晴れた日でも死にづらくなっていて、どうにも。

「……、」

 何かが昇ってくるような気配がした。

 冷え切ったこの部屋に、あの人以外の誰が来よう。

 まだ聞こえていた頃から、あなたのためだと言い聞かせ続けているあの人以外に。



「……寒いですね、ここは」

「……」

 そういいながら、狭い扉をくぐってきたのは、あの人ではなく。

 聞こえない声のあの人ではなく。

「……行きましょうか」

「……」

 そういいながら、手に持っていたらしい毛布を掛け、そのまま勢いで抱えられた。

 ぼやけた視界に映ったのは、私と揃いの瞳に、すらりとした目鼻立ち。美しいとはこれを言うのかと思う程に、全てが整った顔。

 赤い口紅でも、鋭い爪でも、私とは違う瞳でも、冷たい手でもない。

「……どこに」

「……どこへでも」

 応えた声は、心地よく耳朶を叩く。

 この声だけは、聞いていたいと、そう思った。




「おはようございます」

「……おはよう」

「冷房の点けっぱなしも考えものですね」

「……そうだな」









 お題:雪・時計台・口紅

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