■第2話「“自由”と“伝統”のあいだ」──後編
【土曜日/校舎一階・多目的ホール】
即席展示会場「書道部ミニ展覧会 ~自由と伝統~」
「……おぉ……けっこう人、来てるじゃん……!」
紅葉が驚きの声を上げる。
つばさが、誇らしげにうなずいた。
「地味に、クラスや書道経験者に声かけておきました。あと、文化委員にも事前に根回し済みです」
「やるな、部長……根回しの達人……!」
「まぁ、“完璧”なイベント準備とは、そういうことですから!」
展示は、会場の奥に大きな三枚のパネルが並ぶ形。
中央に、沙耶の作品。
左に、紅葉の『跳』。
右に、琴音の『律』。
沙耶は、展示前の自分の作品を見つめながら、小さくつぶやいた。
「……“間”」
「間……?」
「“跳ぶ”と“律する”の間にある、“とどまる”文字、だと思って」
「おおお~~~深い! めっちゃ禅問答みたい!」
紅葉が大げさに拍手する横で、琴音は真剣な表情でうなずいた。
「“間”……空白、呼吸、静寂。確かに、書にとって不可欠な概念ですね」
「でも、それを“主役”にするとは……沙耶さん、あなた……本当にこじらせてますね」
「それ、褒めてます……?」
「もちろん」
展示会は静かに盛況だった。
観に来た生徒たちは、三つの作品をじっくり見ては、口々に感想を漏らしていく。
「この“跳”ってやつ、なんか楽しそう」
「いや、俺は“律”の方がすごいと思うわ。線の美しさ、やばくない?」
「え、“間”? ……なんか……好きかも」
「ふふ、いい感じですね」
つばさが、展示の様子を見守りながらにっこり笑う。
「評価が割れるってことは、ちゃんと“届いてる”ってことです。どの作品にも、何かがある」
そのとき――
「……へぇ、“自由と伝統”か。相変わらず気取ったテーマだな、中条」
聞き覚えのある、低く冷めた声。
「えっ……あ、あの人って……?」
沙耶が首を傾げる。
紅葉は反射的に一歩下がり、琴音は目を細めた。
「あれが……**元部長の望月 梓**さん」
つばさの顔が、すこしだけ引きつった。
「なにしに来たんですか、望月先輩……」
「たまたま通りかかっただけ。後輩の展示、見に来るくらい、別にいいでしょ?」
「……あなたにだけは、見られたくなかった」
「へぇ。やっぱりあんた、まだ“完璧”目指してるんだ?
その性格、書道に向いてないよ。“揃ってる”だけの書なんて、つまんないだけ」
つばさが言い返せずに、唇をかみしめる。
そんなつばさの肩を、そっと沙耶が押した。
「……部長の書、私は好きです。完璧でも、不器用でも、誰かを真剣に想ってる筆だったから」
「……!」
望月先輩は、沙耶をじっと見て、肩をすくめた。
「……ふーん。じゃ、もうちょっと見ていくわ。“間”ってやつも気になるし」
そう言って、ふらりと展示の中へと歩いていった。
空気が静まる。
つばさが、力なく笑ってつぶやく。
「……ありがとう、沙耶ちゃん。たぶん、今日いちばん救われたの、私だ」
「私も……自分の“書”って初めて誰かに見てもらえた気がして、嬉しかったです」
「うん。自由も、伝統も、“その間”も……みんな違って、みんな書」
「それ、なんかどこかで聞いたことあるな……」
「細かいことは気にしない!」
紅葉がにかっと笑い、琴音もほんの少し、微笑む。
──その日。
書道部は、大きな成果もトロフィーも得なかったけれど、
それぞれが“自分の文字”を見つける、小さな勝利を得た。
“自由と伝統のあいだ”に、確かに存在する“書”の場所。
それを見つけた4人の関係も、少しだけ柔らかく、確かになった。
(第2話・完)