■第2話「“自由”と“伝統”のあいだ」──中編
【数日後/書道部室】
部室には、いつになく静かな空気が漂っていた。
沙耶がひそひそ声でつぶやく。
「……こ、こわいです。二人とも、完全に“無言の筆モード”です……」
紅葉は、スピーカーから流れるインストのBGMを背に、
半紙ではなくキャンバスサイズの紙に、大きく筆を走らせている。
墨は、なんと三種類を混ぜた特注ブレンド。
「“書道界の違法調合”とか言われてそう……」
一方の琴音は、古典的な机と筆置きで、
硯で丁寧に墨をすり、筆を何度も何度も試し書きしながら、一文字に魂を込めていた。
部長・つばさは、ふたりの“書き姿”を眺めながら、ポツリ。
「……いいですね。これぞ、青春って感じです」
「これ、青春……ですか……?」
「血が騒ぐっていうか、もうね、作品でケンカしてるって感じです!」
沙耶が冷や汗をぬぐう。
「怖いなぁ、書道部って静かな部活じゃなかったんですか……」
──そして、その日。
ついに、ふたりの作品が仕上がった。
最初に完成を告げたのは、琴音。
「……終わりました。これが、私の“伝統”です」
彼女が差し出したのは、端正にして大胆な楷書の一枚。
墨の濃淡を計算しつくし、余白すら美しい。
そこに書かれていた文字は――
「『律』……?」
つばさがつぶやく。
「“律する”の律。己の書に、型に、心に。全てに誠実であれ、という意味です」
沙耶が小さく感動の息をもらす。
「……凛としてる。きれい、だけじゃなくて、なんか、強い……」
「よーし、じゃあ私もいくよ」
紅葉がニッと笑い、紙を広げる。
そこに描かれていたのは――
「……『跳』?」
「そう。“跳ぶ”の“跳”。
型を飛び出して、枠を飛び越えて、自分で意味を決める。そんな文字が書きたかったの」
その文字は、まるで筆が踊っているようだった。
力強い曲線。あえて乱したバランス。
だが、そこには明確な“熱”があった。
「め、めっちゃ破天荒だけど……なんか、すごいですこれ……」
「でしょ? あえて線を“はみ出す”ことで、逆に言葉の輪郭が浮かび上がるのよ」
琴音は一瞬、目を見開いたあと、ふっと目を細めた。
「……私の書とは、真逆。でも、確かに……これは、あなたにしか書けない“跳”ですね」
「褒めてる?」
「認めてるんです。少なくとも、“真面目なふざけ方”をしているとは思いましたから」
「なにそれ! それめっちゃ褒めてるじゃん!」
ふたりが見つめ合って、クスッと笑う。
(……よかった。ぶつかったままじゃなくて)
沙耶は、胸をなでおろした。
「じゃあ、これ……展示します?」
つばさが言うと、琴音と紅葉が声をそろえた。
「「別々に展示で!」」
「まだ決着ついてないし!」
「見た人が、どっちを“書”だと思うか……それを見てみたいですし」
「というわけで!」
つばさが、ばんっと両手を叩いて立ち上がった。
「今週末、書道部・ミニ展示会、開催決定です!
テーマはもちろん――『自由と伝統』!」
沙耶がぽつり。
「……わたし、どうしよう。どっちにも入れない気がする」
つばさがにっこり笑う。
「じゃあ沙耶ちゃんは、“その間”を書いて。
自由でも伝統でもない、君だけの“中間”が、きっとあるよ」
「……うん。書いてみます。私なりの、なにか」
こうして、それぞれの“信じる文字”を胸に、
4人の女子たちは、作品を携えて週末へと向かう――。
(後編につづく)