■第12話「さよならは、行書体で。」──後編 ──副題:行書でつなぐ未来へ
【3月・夕方/書道部室】
「……じゃあ、これで本当に最後やな」
紅葉が、筆をそっと置いた。
机の上には、半紙に書かれた言葉がある。
「また、書こうね。」
行書体。
強くもなく、弱くもなく、ちょうどいい“途中”の字。
春の風に少しだけ揺れるような、そんな優しさ。
「……うちら、最初は全然バラバラやったのにね」
「こじらせまくってて、まとまらなくて、よくケンカして」
「でも、いまならわかります。
あのときの“バラバラ”があったから、いまの“重なり”があるんだって」
琴音の言葉に、沙耶もうなずいた。
「“うまくいかない時間”も、大事な一筆なんですね」
部室の壁には、1年間の作品たちがずらりと並んでいる。
ふざけた文字、泣きながら書いた文字、4人で笑った文字。
そのどれもが、“いま”につながっている。
「ほんじゃ、行くか。鍵、閉めるよー」
つばさが立ち上がり、電気をパチンと消す。
暗くなった部室のなか、最後にもう一度だけ振り返った。
「また、書こうね。」
その文字が、かすかな光に浮かび上がっていた。
【校門前/夕暮れ】
4人が並んで、最後の写真を撮る。
「はい、行書体で、笑ってー!」
パシャッ。
「……なにその撮り方」
「ほら、“明朝体”みたいに真面目になりすぎないようにって意味で」
「うわ、それちょっと名言っぽいじゃん」
「でしょ?」
笑い声と春の風が、校舎を通り抜けていく。
「なぁ――“書友”ってさ、卒業しても続くんかな」
紅葉がポツリとつぶやいた。
「うん。だって、まだ“完結”してないもん」
つばさが、そう言って前を向く。
「これからも、“書いて”いくんだよ。バラバラでも、またどっかで重なってさ」
「“また、書こうね”って、そういうことか……」
4人は、それぞれの帰り道へ歩き出す。
笑って、泣いて、何度も迷った1年。
でも、筆を置かなかった。
そして今、未来に向けて、まだ書かれていないページが開かれる。
──それは、続きの「物語」。
でも今日は、ここまで。
“さよならは、行書体で。”
(物語・完)