■第12話「さよならは、行書体で。」──中編 ──副題:未完成でも、真ん中の言葉を
【3月・放課後/書道部室】
「で……何書く? “ありがとう”はもう書いたしなー」
紅葉が腕を組み、空中に何か文字をなぞる。
「“お疲れさま”じゃちょっと事務的すぎますし……」
沙耶が控えめに意見を添える。
「“またね”……じゃ軽いですか?」
琴音がぽつりと言って、少し恥ずかしそうに俯く。
「いや、でもそれ、いいかも」
つばさが筆を取りながら言う。
「“またね”って、ちゃんと“今はここで終わる”って言ってるけど、
“終わりじゃない”っていう感じもあって」
「うん。“行書体”に似てる」
紅葉が微笑む。
「ちゃんとした“別れ”じゃないけど、ちゃんと気持ちは伝えたいっていう……」
「……じゃあ、書く言葉はこれでどうでしょう」
琴音が、練習用の紙に一筆。
「また、書こうね。」
しんと静まる部室。
その文字を見て、誰も何も言わなかった。
でも、みんなの胸にふわっと灯がともるような、そんな空気。
「いいじゃん、それ。めちゃくちゃ“らしい”」
紅葉がうなずく。
「“書こうね”って、またこの場所に戻ってこられる気がする」
「“終わり”じゃなくて、“始まりを休憩してる”感じがします」
沙耶の言葉に、みんながほほえむ。
「じゃあ、いくよ。今度こそ、4人で、行書で、ゆっくり」
つばさの号令に、小さく「はい」と声が重なる。
そして4人は、順に一筆ずつをつなぐ。
──「ま」
琴音の線は、やわらかく、少し迷いながら。
──「た」
沙耶の線は、丁寧で、あたたかく。
──「書」
紅葉の線は、元気よく、でもちょっと涙まじりで。
──「こうね。」
つばさの線は、包み込むように穏やかだった。
その文字が、一つの紙の上に収まったとき。
誰も「完成」とは言わなかった。
でも、それがたしかに“最後の合作”だった。
(後編につづく)