■第12話「さよならは、行書体で。」──前編 ──副題:この春、言葉は揺れても
【3月1日・卒業式当日/校門前】
「――はい、チーズ!」
パシャリ。
「……泣きすぎ、琴音ぉ~! 目ぇ真っ赤やって!」
「む、無理です……沙耶先輩の袴姿見た瞬間、もうダメで……」
「ちょ、ちょっと沙耶、それスマホの角度! 二重アゴになるってば!」
「ごめんごめん、もう一回撮ろっか?」
4人で撮る、最後の記念写真。
春の陽射しと、まだ少し残る冷たい風が、制服の裾を揺らす。
「……先輩、卒業しちゃうんだね」
つばさがポツリとつぶやく。
「なんか、ずっと“このまま”が続く気がしてたよね」
紅葉が軽く笑って、でも視線は遠く。
「でも、部室には残ってるよ。合作。あれ、ずっと飾るって先生言ってたし」
「“ここにいてくれて、ありがとう”。……今度は、私たちが“いてあげる”番ですね」
琴音が静かに言う。
【午後・部室】
3年生が去ったあとの書道部室。
少し広く、少し静かに感じる。
壁には、あの大きな合作が変わらず貼られている。
「ここにいてくれて、ありがとう」
「ねぇ……最後に、書こうよ」
沙耶が、ぽつりと提案した。
「なにを?」
紅葉が首をかしげる。
「別れの言葉。継承の言葉。わたしたちから、未来の書道部へ」
「うわ、いいね、それ……でも、フォントは?」
「もちろん、“行書体”で」
「“行書体”って……なんか、“終わりじゃない感じ”するもんね」
つばさが微笑む。
「楷書はきっちり終わって、草書は流れすぎて、でも行書はちょうど“間”というか……」
「“別れの途中”って感じだね」
紅葉がつぶやいた。
4人は、それぞれ筆をとった。
言葉は、まだ決まっていない。
でも、書くことは決まっていた。
ここで出会って、ここで笑って、ここで泣いた日々を。
この手で、最後まで残していく。
(中編につづく)