■第11話「卒業制作、最後の合作」──後編 ──副題:言葉を、重ねるように
【2月・放課後/書道部室】
壁に貼られた巨大な半紙。
つばさ、紅葉、琴音、沙耶――4人の表情は、真剣だった。
「……じゃあ、この順でいこうか。『ここに』→『いてくれて』→『ありがとう』」
「OK、“ここに”はわたしがいきます。筆、走らせるから!」
紅葉が一歩前に出て、力強く筆をとった。
──「ここに」
線は、少し荒い。でも、まっすぐだった。
「次、“いてくれて”……いきます」
沙耶がすっと立ち、筆を握る。
静かで、柔らかい線。
──「いてくれて」
まるで誰かの背中にそっと触れるような、やさしい文字だった。
「……“ありがとう”、わたしが書いていいですか」
琴音が小さく手を挙げる。
3人は微笑んでうなずいた。
──「ありがとう」
端正で整った字。だけど、少しだけ震えていた。
その揺れが、まるで心の奥の響きのようで、誰も何も言わなかった。
最後に、つばさが筆を取る。
彼女の役目は、文字全体のバランスを整える「落款」。
4人の名前を小さく、でもしっかりと左下に記す。
──「書道部 二年 つばさ・紅葉・琴音・沙耶」
「……完成、だね」
紅葉が思わず口にした。
でも、誰も拍手しなかった。ただ、静かに見つめていた。
その言葉が、4人それぞれの気持ちを
まっすぐ通って、ちゃんと“そこに”あったから。
【卒業式当日/校舎の渡り廊下】
展示された合作の前で、通りかかる3年生たちが足を止める。
「……“ここにいてくれて、ありがとう”か。……泣くわ」
「部活のとき、あの子らずっと喧嘩してたのにな……すごいな……」
「この字、なんかあったかいな……」
物言わぬ作品が、言葉より雄弁に語る。
そして、4人はその少し離れた場所から、
自分たちの作品をじっと見つめていた。
「書道って、“書いたら終わり”じゃないんだね」
つばさがつぶやいた。
「“書いたあとに残るもの”が、一番伝わるのかもしれないね」
沙耶がうなずく。
「うちら、いい字、書けたね。4人でしか書けないやつ」
紅葉がにやっと笑う。
「……“合作”って、難しかったけど、楽しかった」
琴音がほほえむ。
雪解けのように、心のなかにあたたかい春が広がっていく。
この1年、バラバラだった4人は、
書を通して少しずつ“重なって”いった。
その軌跡が、あの作品に、ちゃんと残っている。
(第11話・完)