■第1話「新入生歓迎と、部長の仮面」──後編
【翌日・放課後/書道部室】
「ういっす、今日も混沌の書道部~」
紅葉が、ドアを足で蹴り開ける勢いで入室。
「ちょっと! せめてドアは手で開けてください! そこは“伝統芸能部”なんですから!」
部長・つばさが抗議しつつ、机をせっせと整理中。
「いやーでも混沌がいいんだよ? 静寂の中に混沌。墨の香りと反抗心。うん、私のテーマっぽい!」
「紅葉さん、いちいち中二病くさい言い回ししますよね……」
「褒め言葉として受け取っておく!」
そのとき、控えめにノックの音が。
「……おじゃま、します」
ひょこっと顔をのぞかせたのは、昨日の沙耶だった。
手には筆と小さな筆箱を抱えている。
「また、来ちゃったんですけど……」
「来てくれてありがとう、南雲さん!」
つばさが満面の笑顔を向け、席を勧める。
「ていうか、もうほぼ入部じゃん。あと一声だよ、あと一筆って感じ?」
「い、いやその、ま、まだ“体験入部”ということで……!」
「そっか~。じゃあ歓迎の儀、やるか!」
「歓迎の儀……?」
「新入りが来たら、部室にある“謎の引き出し”を開けさせるっていう、うちのしきたり!」
「え? そんなの去年なかったですよね?」
「私が今、決めた!」
琴音が静かにため息をつく。
「ほんと、紅葉さんは“自由”という名の暴風……」
「暴風じゃなくて、書風って言ってよ~」
紅葉がニカっと笑いながら、机の奥から引き出しをゴソゴソ。
「はい、沙耶ちゃん、これ! うちの伝説のネタ筆! たぶん10年くらい前の代の人が、ギャグ書道大会で使ってた筆!」
「えっ……これ……毛先ボロボロじゃないですか……」
「でも愛されてた感あるでしょ? この筆使って、“自分を一文字で書く”ってのが体験メニュー」
「え、えぇぇぇ……!?」
「ふふっ、面白いじゃないですか。それ、私もやったことあります。“堅”って書いた記憶がありますね」
「私は“縛”。書道一家の呪縛から逃れたいって意味で」
「わたし、“天”だったかなあ。天上天下唯我独尊的な気分で」
「いや、全員こじらせてる……!?」
沙耶は筆を握りしめる。
しばらく迷ったあと、震える手で一文字――
「“影”……かな、私」
「おお~……!」
紅葉が声をあげ、琴音とつばさも思わずのぞき込む。
「控えめだけど、しっかりした線。文字の隙間が多いのに、ちゃんと存在感ある……」
「……君、センスあるよ」
沙耶は照れ隠しにうつむいて、ぽつり。
「実は、ネットで時々……“筆ペンで書いた詩”とかアップしてて。
顔出しも名前も出してないけど、けっこう見てくれてる人がいて……」
「え、それアカウント名は?」
「……“うさぎ墨流”って……」
「うわあああああ!? フォローしてるぅぅぅ!!」
紅葉が飛び上がる。
「めっちゃ見てる! “今日も透明だった日”とか、“消しゴムにすらなれなかった”とか超エモかったやつじゃん!?」
「や、やめてぇぇぇ!! それ黒歴史ぃぃ!!」
「最高かよ、もう正式入部じゃん。これは書道部の星、来たね~!」
「うっ……うぅぅ……でも嬉しいぃぃ……!」
沙耶が机に突っ伏す。その背中を、つばさが優しくぽんぽん。
「南雲さん。ううん、沙耶ちゃん。ようこそ、私たちの書道部へ」
琴音も、にっこり。
「変人しかいない部ですけど、悪くはないですよ」
紅葉はいつも通りの笑顔で。
「次は“うさぎ墨流”と“無頼の墨神”のコラボ、やるっきゃないね!」
「“無頼の墨神”って誰!?」
「私のペンネーム~」
「もうほんと、全員キャラ濃すぎます……!」
──こうして。
4人のこじらせ女子たちの、ちょっと不器用でちょっと楽しい書道部ライフが始まった。
筆を握るたび、心がすこしずつ、ほどけていく。