■第10話「初詣と、未来のこと」──中編 ──副題:それでも筆をとる理由
【神社・境内の絵馬掛け前】
「……なーんにも書けないや」
紅葉が、手のひらで頬をはたいてぼやいた。
「“書道家になる”って書けばカッコいいけど、ウソになるし、
“安定した就職”って書いたら親は安心するけど、全然ワクワクしないし」
「私も……。書道は好きだけど、それを仕事にって言われると、正直わからない」
沙耶がそっと絵馬を伏せる。
「“好き”を職業にするのって、勇気いるよね。
向いてるかもわからないし、失敗したら自己責任って言われそうで」
つばさは、紅葉たちの会話を静かに聞いていた。
ふと視線を感じて顔を上げると──琴音が、絵馬に文字を書きはじめていた。
「……琴音?」
「私、“向いてる”か“向いてない”か、わかりません。
でも、やってみないと一生わからないと思ったんです」
「なに書いたの?」
紅葉がそっとのぞくと、絵馬にはたった三文字だけ。
「書いてたい」
「うわ、ズルい! それ、私も書きたかったのに!」
紅葉が照れ隠しのように笑う。
「それ、“将来の夢”とか“進路”とかじゃないかもしれないけど、
一番嘘がないね」
「……いいな。なんか、“書いてたい”って、未来を怖がってない言葉だね」
沙耶がそっとつぶやく。
「未来って、完璧に書こうとするから怖いんだよな……」
つばさが、思わず口にしたその言葉に、3人が静かに頷く。
「“完璧じゃなくていい”。そう思えたら、
ちょっとだけ未来に線を引けるかもしれない」
沙耶が、そう言って、静かに筆ペンを取り出す。
「私も……“書いてたい”とはちょっと違うけど、書いてみます」
そう言って彼女が書いた言葉は──
「誰かの文字に、寄り添いたい」
「おぉ……詩人……」
紅葉が涙目になりながら拍手する。
つばさもまた、笑顔になってペンを持った。
(将来って、きっと“完璧な形”じゃなくて、
“好きの積み重ね”でもいいんだ)
そのとき、紅葉が「よし!」と叫びながら、何か書き始めた。
「え、なにそれ」
「見る? ドン!」
彼女の絵馬には、堂々とこう書かれていた。
「自分の字で、生きのびる」
「“生き残る”じゃなくて、“生きのびる”か……」
「だって、向いてなくても書いてたらなんとかなるかなって!
そういうことにしとこ!」
4人のあいだに、くすくす笑いとあたたかい風が流れる。
残るは、つばさだけ。
(書道が“将来になるか”じゃなくて、
わたしがこの気持ちを“残したいか”どうか)
つばさはそっと、絵馬に一文字書きつける。
──後編につづく。