■第10話「初詣と、未来のこと」──前編 ──副題:書けない夢、書いていいですか
【1月3日/初詣・古い神社の境内】
「うわーっ、おみくじ中吉だったー!」
「私は小吉……。でも“学業:地道な努力が報われる”って書いてます」
「ってことは私たち、まだ地道に努力しなきゃいけないのか~……」
紅葉が境内の石段でストレッチしながらぼやく。
冬晴れの空。4人はマフラーぐるぐるで、息も白くて、だけど笑っていた。
「はい、これ。絵馬、もらった」
つばさが手渡したのは、神社の絵馬4枚。
「“今年の目標”とか“進路”とか、自由にって言ってた」
「うっ……出た、“進路”ワード」
「高校2年の終わりって、なんかもう“将来”って言葉がうるさいくらい来るよね……」
沙耶が苦笑する。
紅葉は絵馬を握ったまま、小さくつぶやいた。
「……正直さ、書道って将来になるのかな」
「……それ」
琴音がぽつりと同調する。
3人の空気が、少しずつ重たくなっていく。
「わたしも、思ったことある。“書道部って、大学の推薦とか就職に役立つの?”って」
つばさが、少しだけうつむいたまま言う。
「でも、なんか……辞めたくないとも思ってる。
“意味”とか“将来”とか、考える前に、“好き”って言いたい自分もいる」
「……そうか。じゃあ、“好き”を絵馬に書いてみよっかな」
沙耶が微笑む。
「未来のこと、今の自分じゃ決めきれないなら、
今の“好き”をちゃんと書ける人が、一番強いのかも」
「なんかそれ、詩っぽいね」
紅葉がそう言って笑った。
4人は、それぞれ無言で、絵馬に向き合い始める。
──誰もまだ、筆を動かさない。
でもその沈黙は、いつか書きはじめる勇気を育てていた。
(中編につづく)