■第9話「冬の校庭で、叫んだ文字」──中編 ──副題:だれが、あなたを見てるのか
【雪のちらつく夕暮れ/校庭・外周】
白くなりかけたグラウンドを一人歩くつばさ。
しんしんと降る雪が、まるで自分を無音で責めているような気がした。
「……もう、部長なんてやりたくない」
ついに、その言葉がこぼれた。
【数分前/部室】
「やば……つばさちゃん、怒ってたよね……?」
紅葉がそわそわと立ち上がる。
沙耶は静かにロッカーを閉じ、琴音は上着を羽織りながら言った。
「……誰かが、“書く”以外の形で届けないと、彼女は気づけません」
「届ける?」
「“あなたは、ひとりじゃない”って言葉を」
「よし。じゃあ、あたしの出番ってやつかな!」
紅葉が大きく息を吸って、バン!と扉を開ける。
「校庭、行くよ。真っ白な紙が落ちてる!」
【校庭/つばさの背後】
「……つばさー!」
振り返ると、制服の上にそれぞれマフラーを巻いた3人が立っていた。
「な、なんでここに……?」
「部長がここにいると思ったからだよ」
紅葉が言うと、琴音と沙耶が静かに雪の上にしゃがみこむ。
「え、なにして──」
「……言葉でうまく伝えられないときは、書くのが私たちでしょう?」
沙耶が、そっと雪の地面に指を這わせる。
琴音もまた、静かに。
紅葉は元気よく、足跡で線を描くように動く。
──雪の上に、じょじょに浮かび上がる「ことば」。
つばさが、はっとする。
それは、たった五文字だった。
「だいすき」
「……なに、それ……なんで、そんなの……」
「“部長だから”じゃなくて、“つばさ”だから。
好きなんだよ、わたしたち」
紅葉が、素っぽい声で言う。
「私、ちょっと前に琴音さんから言われたんです。
“書かれた文字が、すべてじゃない。書こうとする気持ちが届く”って」
沙耶が雪の手袋をはずして言う。
「つばささんがいないと、部室が“ちゃんとしてるだけの部室”になっちゃう。
……それ、やだなって思って」
「……そんなふうに、言われたら……ずるい……」
つばさの頬に、涙と雪が落ちる。
そのまま、彼女は雪の地面にしゃがみ込む。
そして、手袋を外して、そっと指でなぞるように書いた。
「ごめん」
「ありがとう」
──ただそれだけの言葉だったけれど、
雪に書かれたその文字たちは、誰よりもあたたかかった。
(後編につづく)