■第9話「冬の校庭で、叫んだ文字」──前編
──副題:部長のわたしと、わたし自身と
【12月某日・昼休み/書道部室】
「……“自分を表す一文字”ってさ、ある?」
つばさの問いかけに、部室にいた3人はぴたりと動きを止める。
「えっ、それ今から聞く? 年末の書初めで一番ヤバいやつじゃん」
紅葉がペンをくるくる回しながら軽く言うと、沙耶が首をかしげる。
「“表す”って難しいですよね。“目指したい自分”なのか、“今の自分”なのか……」
「そもそも私は、どれが“自分”かもよくわかんないです」
琴音が静かに言ったその一言に、つばさは思わず苦笑してしまう。
「そっか。……みんなも、わかんないんだね」
「つばささんが一番“自分”をちゃんと持ってるように見えるけど?」
「そうだよね、ほら、真面目で優しくて部長っぽいし。
ぶっちゃけ、私よりよっぽど“部長向き”だと思う」
「……ありがとう。でも、最近ちょっと、わからなくなってるかも」
つばさは、筆を持ったまま小さくつぶやく。
「“部長だから”って思うと、どこまでが本当の自分なのか、見えなくなるんだ」
【放課後/部室・掃除中】
机を拭いていた紅葉が、ふと立ち止まる。
「ねぇ、つばさ。最近、ちょっと無理してるよね?」
「……え?」
「いや、悪い意味じゃなくてさ。気づいたら、全部背負ってるというか……」
「……それは、部長だから当然でしょ?」
「“部長”って看板に、自分の全部かけるの、ちょっと苦しそうに見えたから」
紅葉のその言葉に、つばさは反射的に声を荒げてしまう。
「……そんなの、部長なんだから当然でしょ!?
わたしがやらなきゃ、誰がやるの?」
「だから、それが無理なんじゃ――」
「じゃあ、いっそ代わってよ!」
つばさは雑巾を机に叩きつけるように置いて、足早に部室を出ていく。
「……っ、なんで、こんな……」
【校庭・雪がちらつきはじめる】
風が冷たい。
でもそれよりも、胸の奥がずっと冷たかった。
「わたし、いつから“部長”しか名乗れない人間になったんだろ……」
声を出すと、涙がこぼれた。