■第8話「一人、書けない」──後編 ──副題:見えなくても、届く
【数日後/書道部・放課後】
「うおっ……部長が、筆を動かしてる!」
紅葉が目を丸くして叫ぶ。
琴音は静かに筆を走らせ、白い半紙に言葉をのせていた。
「テーマは……“光”?」
つばさがそっと口にする。
「……光は、見える人のためだけにあるものじゃありません。
“あそこにある”と分かるだけで、心があたたかくなることもある」
琴音の言葉に、3人は静かに頷く。
「私も書こうかな。“あそこの弁当屋の明かりがついてる安心感”っていうテーマで」
「紅葉さん、それは“食いしん坊の安心”です……」
「でも、なんか分かるかも……光って、心にもある気がします」
沙耶がふっと微笑む。
──その日、琴音は一枚の詩をしたためた。
それは、“誰か”への返事のような、静かな答えだった。
私が書けなくなっても
あなたが言葉をくれる
私の沈黙に
そっと墨を置いてくれた人へ
“ここにいる”という言葉を
受け取りました
ありがとう
だから、今
書きはじめます
この詩は、どこにも飾られない。
けれど、それを読んだ沙耶の瞳に、そっと涙が浮かんでいた。
「……もしかして」
「いいえ。これは、誰にも見せないつもりでした。
でも、“誰か”が見てくれるかもしれないと、思ってしまったんです」
琴音は、沙耶にだけ聞こえる声でそう言った。
「……ありがとうございます。わたし、あのとき、書けてよかったです」
「私も。あの詩がなかったら、書道部を“部”として守ることだけに、必死なままだった」
「“誰かのために書くこと”と、“誰かの目のために書くこと”は、違うんですね」
「……はい。だから、私はこれからも書きます。
“読まれる”より先に、“思う”ことから始めます」
【夜/帰り道・校門前】
秋の風が少しだけ冷たく、けれど心はどこか温かかった。
言葉が届いたとき、人は筆を持つ理由を思い出す。
4人のこじらせ女子たちの“書道”は、またひとつ深くなった。
(第8話・完)