■第7話「恋と書道と、秋の風」──後編 ──副題:筆先に咲いた名前のない気持ち
【翌日・昼休み/屋上】
紅葉がパンをかじりながら言った。
「……で、結局“誰が誰に”だったんだろうね、昨日の恋文」
「それはルール違反です。言ったら負けです」
琴音が静かに言い、つばさも続ける。
「というか、たぶん……誰も“完全には”伝えてないよ。ちょっと本音をにじませただけで」
「うん。あれは“伝えたいけど伝えられない”って気持ちの“試し書き”だもんね」
「“習字”じゃなくて、“習恋”って感じ……」
沙耶の言葉に、みんながしばし沈黙する。
──その日の放課後。
琴音がひとり、部室に残っていた。
墨を摺りながら、小さな半紙に、ふと筆を走らせる。
「……名前を書かないことが、優しさになることもある」
(でも、本当は)
(名前で呼びたい。呼んでほしい)
ふと、入口が開く音がした。
「……あれ、琴音さん?」
入ってきたのは、沙耶だった。
両手に紙袋を抱え、差し出す。
「今日、先生がくださったお菓子、よかったら……」
「ありがとう」
琴音は、静かに受け取った。
その沈黙が少し続いたあと、沙耶が、ふと机の上の半紙に気づく。
「……これ、練習中ですか?」
「いいえ。ちょっと、“試し書き”です」
そこには、たった一文字だけ書かれていた。
「君」
「……すてき、です。……やさしい線」
「……言葉にできないものを書くのが、書道のいいところですから」
琴音は微笑む。そしてその笑顔に、沙耶はちょっとだけ、どきりとした。
──それから数日。
4人はそれぞれの“気持ち”を抱えながら、また筆に向かっていた。
紅葉は、“ばしん!”と墨を吸い上げながら、
「ふっふっふ。次のテーマは“告白書道”にしよう。今度こそ、ガチのやつ!」
と爆弾を投下し、
つばさは顔を真っ赤にして、
「待って!? おい、それは文化祭より重大な案件だよ!?」
と制止に回る。
沙耶は少しうつむきながら、
「でも……あの文字、ちょっとだけ、自分のためだったらいいなって……思っちゃいました」
と、ポツリと本音をこぼし、
琴音はそれを聞いて、小さく頷いた。
「誰かのために書いた文字が、誰かの支えになる。
――その“ズレ”すら、愛おしいと思えるなら、
それはもう、書道と恋の共通点かもしれませんね」
──秋風が吹く書道部室。
4人の“こじらせ”た感情は、ちょっとずつ、輪郭を持ち始めていた。
筆先に、名前を書けないままの、恋の線が浮かび上がる。
次の一文字に、進むために。
(第7話・完)