■第7話「恋と書道と、秋の風」──中編 ──副題:この筆跡、もしかして、あなた……?
【10月某日・放課後/書道部部室】
「では、本日の目玉企画。
題して──“無記名恋文読み合わせ会”!」
紅葉が手製の“恋文抽選箱”をかかげてどや顔する。
「じゃあ、ひとりずつ引いて、読みまーす! 名前は伏せてるけど、内容で誰か当てようとしないように! でも気づいたらニヤつくのは禁止しません!!」
「ルール緩いな!?」
琴音が眉をひそめる横で、沙耶はすでにそわそわしている。
【1通目】
つばさが一枚を取り出す。
「ええっと……
“あなたのことを、いつも遠くから見ています。
隣にいると息が詰まるけど、
でも、視界から消えると、もっと苦しくなる。
だから私は、今日もあなたの隣に座ります。”」
「……なんか、文学的ぃぃ!!」
「誰だろう、これ……」
「絶対つばささんでしょ、これ。椅子の距離にこだわるの、つばささんだけだし」
「ち、ちがうもん! 私こんなにセンチメンタルじゃない!」
琴音が静かに言う。
「でも、“言葉を選びすぎて距離を詰められない人”っぽい筆跡です。……それは、つばささん寄りかも」
「琴音さんも分析で攻めてくるのやめて!? この部活IQ高いのに恥ずかしい!」
【2通目】
紅葉が引いた紙を、口にくわえながら広げる。
「えっと……
“あなたの前で書くと、筆がうまく動かない。
そのくせ、あんたの字を見ると、無性に対抗したくなる。
……この想いが、書に向けたものなのか、あなたに向けたものなのか、もう分からない。”」
「うわー! こじらせてるー!!」
「これは……紅葉さんじゃないですか?」
「ちょっとぉ!? 私を私で疑うのやめてよ! 私が私を弁護できない空気やめて!!」
「でも“あんた”って言葉、紅葉さんの口調だし……」
「いやでもこれ逆に、私が書いてないことで“らしさ”を演出した沙耶ちゃん説ある」
「ええええええ!?」
沙耶がぶんぶん首を振る。
【3通目】
琴音が静かに引き、淡々と読み上げる。
「“声にしたら、こわれてしまいそうで。
目を合わせたら、バレてしまいそうで。
それでも、あなたに届くように、
私は今日も墨を摺ります。”」
(……静かで、でも切ない)
「これ……琴音さん?」
「私は“届くように”なんて甘い言葉、書きません」
「甘いっていうか、**“こわいくらい繊細”**だよこれ。読んでるだけで静電気走った」
「じゃあ……沙耶ちゃん?」
「い、いやっ、私は……えっと、その……」
沙耶が顔を真っ赤にし、頭をかきむしる。
「なんで“恋文書道”で汗かくんですか……!」
「だって、書いたやつが自分宛てかもしれないと思ったら、ドキドキするじゃん?」
【4通目】
最後の一枚は、沙耶が引く。
「“君の字が、好きだ。
丁寧で、曲がっていて、少し迷ってて。
そのくせ、たまに誰よりまっすぐで。
それを見るたび、私も書きたくなる。”」
「……これ、もう誰かへの“ガチ書評ラブ”じゃないですか」
「“好き”って言っちゃってるし!」
「でも、“曲がってる”って表現、めっちゃ詩的だなあ……」
「これ書いた人、誰だろう。……逆に、自分が言われてるんじゃって思った子いる?」
4人が沈黙する。
一瞬、全員が全員を見て、目を逸らす。
「……なんか、すごいことしちゃった気がする」
「この部活、妙にエモくなる時間あるのやめない?」
「書いてないはずなのに、なんか恥ずかしいのはなんでだろう……」
──夕暮れ。
部室には、いつもと同じように墨の匂いが漂っていた。
でもその中に、ほんの少しだけ、照れくささとときめきの匂いが混じっていた。
(後編につづく)