■第1話「新入生歓迎と、部長の仮面」──中編 【体育館・新入生歓迎会】
壇上。マイク。観客はざっと100人以上の新入生たち。
ピンスポットの下に立つ、書道部部長・中条つばさの膝が、ぷるぷる震えている。
「し、書道部は……えっと、書道部とは、古くから続く――文化、えっと……す、すばらしい……もので……ありまして……」
(アカンやつやん)
観客席から見ていた紅葉が、ステージ上のつばさを見てひそかにつぶやく。
(完璧主義者が緊張すると、脳内スライドがクラッシュするのよね……)
琴音も同じくため息。
「案の定ですね……さっき、スライドを30回見直してましたから。過信です、あれは」
「過信っていうか、もはや呪いだよね~」
壇上のつばさ、ついに――
「ぁ、あのっ! この後、部室で体験書道できますので、ぜひ……! 来て、く、くださいっ!」
ペコッ!!
深々と頭を下げて、スライドすら映さず壇上から全力で撤退。
「うぅぅぅ……」
控室に戻ったつばさ、床にぺたんと座り込み、顔を手で覆っている。
「わたし、またやった……。完璧にやるつもりだったのに、なにもできなかった……」
「いやー、でもあれ逆にウケてたよ? “なんか真面目な子が爆発した!”って後ろの男子ウケてたし」
「それ、悪い意味でしょ……!? うわぁぁぁぁ……!」
「部長、声が体育館に響いてます。羞恥のエコーが残ってます」
「うぅ……私、書道部の威厳を……!」
「ないから安心して☆」
「ぐはっ……!」
「……でも、なんか」
ぽつりと声を出したのは、沙耶だった。
「私、あれ見て……ちょっとホッとしたかも」
「え……?」
「だって、完璧な人ばっかだったら、怖くて近づけないし。
どんなに上手でも、ガチガチの部活だったら、たぶん……帰ってた」
「沙耶ちゃん……」
「うぅ、でも、あんなグダグダなプレゼン見たら……なんか、私もいていいかもって……思っちゃったんですけど……バカですか私……」
「いや、それめっちゃ分かる」
紅葉が、にかっと笑う。
「実はうちの部、ガチじゃないから。だいたい部室で寝てるし、書いてるの沙耶くらいだし」
「おい、私は書いてます!」
「えー? 部長、書いてる時間より“書道部運営資料”作ってる時間のほうが長くない?」
「運営も重要ですから!」
琴音がふ、と笑う。
「大丈夫。書道部は、真面目も自由も変人も、全員受け入れる場所ですから。むしろ統一感ゼロが伝統なんです」
「いや、伝統にしないでください!?」
沙耶が小さく笑う。
その笑顔は、はじめて見るやわらかいものだった。
そして──その後、数時間後の放課後。
【書道室】
「……これ、南雲さんが書いたの?」
琴音が驚きの声を上げる。
半紙に書かれていたのは、「沈黙」という一文字。
文字は繊細で、柔らかくて、どこか寂しくて、でも確かに“生きて”いた。
「やっぱ、上手い……なんか、感じる」
紅葉がポツリとつぶやく。
「ご、ごめんなさい、変だったらすぐ捨てますからっ!」
「いや、これ……すごくいい」
つばさが言った。
まっすぐな眼差しで、沙耶の文字を見ていた。
「あなたが書いたものは、完璧じゃなくても、人の心にちゃんと届く。……私には、それが一番すごいと思います」
沙耶の顔が、真っ赤になった。
「そ、そんなこと言われたら、……うれしすぎて今日、寝られない……っ」
──その日。沙耶は、まだ「正式に入部します」とは言わなかった。
でも、半紙にそっと「また、来てもいいですか」とだけ書いて、部室を後にした。
(後編へつづく)