■第7話「恋と書道と、秋の風」──前編 ──副題:恋は墨のにおいに似ている?
【10月上旬・昼休み/中庭ベンチ】
「……でさ、あのとき“ありがとう”って言われたの、たぶん私にだけだったんだよね」
紅葉が弁当のタコさんウィンナーを突きながら、ニヤニヤしている。
「それは“好き”でしょ。“好き”にしか出せない“ありがとう”じゃん」
「でしょ!? ついにモテ期きたわ~~って思って」
「いや、落ち着いてください。紅葉さんの“モテ期”が1日だけじゃ困ります」
つばさが苦笑しながら突っ込み、沙耶は小声で言った。
「でも……なんか最近、先輩とか後輩とかと話してると、ちょっとドキドキすること、あります……」
「おっ!? 沙耶ちゃんも来たか“秋の恋風”!」
「恋風って何ですか……!」
「いや、秋ってさ、空気が澄んでるし、ちょっと寂しいし、誰かを意識するにはぴったりの季節なんだよね」
琴音は黙ってお茶を飲んでいたが、不意にぽつりと口を開いた。
「……秋って、“恋”と“書”が、似てると思います」
「えっ、どゆこと?」
「どちらも、“想いを言葉にする”けれど、全部は書ききれない。余白にこそ、本音がにじむというか……」
「それわかる気がします……。“書きたいけど書けない気持ち”ってありますよね」
沙耶がうなずくと、紅葉がぴょんと身を乗り出す。
「じゃあ、今日の書道テーマ、決まりじゃん。“恋文”。書こう!」
「えっ、ラブレター!?」
「ラブじゃなくてもいい。ちょっと意識してる人とか、最近話した誰かとか。“名前は書かずに”、気持ちだけ筆にするの。匿名恋文書道!」
「なにその罰ゲーム……!」
「こじらせ部にふさわしいじゃん!」
──そしてその日の放課後。
【書道室/秋の夕暮れ】
全員が筆を手に、半紙に向かっていた。
でもそこには、いつもの真剣さとは違う、“微妙な緊張”が漂っていた。
(つばさ)
(べつに……好きってわけじゃない。たまたま、あのとき筆を拾ってくれただけ。たまたま――)
(沙耶)
(この気持ちは、ただの“憧れ”? でも、手が触れた瞬間、心臓が跳ねたのは、なぜだろう……)
(紅葉)
(あんたの前では、ちゃんと字が書けなくなる。私の字が暴れるの、あんたのせいなんだからな……)
(琴音)
(言葉にはしない。筆にも、すべては込めない。ただ、余白に、残す。あなたを、思って)
──4人が書いた“匿名恋文”は、それぞれの机に置かれた箱に入れられた。
「じゃあ、明日、“無記名シャッフル読み合わせ会”ね!」
「うわああ、黒歴史生産工場が開く音がする……!」
「うん……でもちょっと、楽しみかも」
夕焼けが差し込む部室に、ほんのり甘い“におい”が混じっていた。
墨の香り、そして……ちょっとだけ“恋”の予感。
(中編につづく)