■第5話「書道合宿と夜の本音会」──後編 ──副題:この手で書く、私の“いま”
【翌朝・午前7時/古民家の縁側】
「おはようございます……」
「……ふあ〜、あ〜よく寝たぁ」
「紅葉さんは布団を横断して寝てました。完全に“山”でした」
「それでも寝られた私は才能だと思う」
琴音が湯のみを手に、静かにほほ笑んだ。
「今日の朝セッションは、“今の自分”をひと文字で表す、というテーマにします」
「またふわっとした課題きた!」
「でも……いいですね、それ」
沙耶は頷く。みんなの顔を、少しずつ見回す。
「昨日の話、なんだかずっと頭の中で響いてて……」
「じゃあ、墨と紙、準備しますか」
──しん、とした空気の中。
それぞれが半紙を前に座る。
風が木々を揺らす音と、墨をする音しか聞こえない時間。
それぞれの「いま」
◆琴音の一文字:「芯」
→ 誰かの期待じゃなく、自分の“芯”で書く字を追いたい、という想い。
◆紅葉の一文字:「跳」
→ バカやって、笑って、それでも本気で跳ねていける自分になりたいから。
◆つばさの一文字:「共」
→ 一人じゃなくて、みんなと一緒に続けていく“部活”を選びたいから。
◆沙耶の一文字:「灯」
→ 書いていると、心に小さな火が灯る気がするから。
「……みんな、なんかすごく、その人っぽい」
「“わかる”って感じだよね。書を通して、その人の心が透けて見える感じ」
つばさはしばらく沈黙したのち、ゆっくり言った。
「これ、文化祭で展示しようよ。“わたしたちの書道部のいま”として」
「それ、いいかも……」
「『本音会からの書道作品』って注釈つけたら?」
「絶対イヤ」
「“夜の布団で泣いたやつがこれ書きました”みたいな説明つけようぜ!」
「だれが布団で泣いたって!?」
「……部長です」
琴音の即答に、つばさは再び盛大に崩れ落ちた。
──午前10時。
名残惜しく荷物をまとめ、帰り支度を始める頃。
「また合宿、やりたいね。次は秋とか?」
「紅葉の季節に紅葉の爆笑書道とかしようよ」
「絶対事故るやつですそれ……」
「でも、また来たいな。この空気、この時間」
沙耶の声に、みんなが自然と頷いた。
──そうして、書道部の初合宿は幕を閉じる。
でもそこに残ったのは、「夜にこぼしたことばたち」と「朝に書いた一文字」。
きっとこの先、何度も彼女たちを支える、“心の中の作品”となっていく。
(第5話・完)