■第4話「初めての賞状、初めての涙」──後編
【週明け・放課後/書道部室】
「で、で、でっ、これがっ、もらった……コンクールの……!」
「おおお~~~~!!」
紅葉が大げさに手を叩く。
沙耶は真新しい賞状を両手で持ち、顔を真っ赤にしながら立っていた。
「な、なんか、賞状って、もっと……遠い世界のものだと思ってて……」
「でも沙耶ちゃん、ちゃんと“書”で取ったんだよ。実力だってば!」
琴音も、「おめでとうございます」と静かに頭を下げる。
「……ありがとう、ございます」
(夢みたい……でも、ちゃんと“私の字”が誰かに届いたんだ)
けれど――そのとき、ふと視線を感じた。
つばさだった。
窓際で一人、背を向けて、墨をすっていた。
「……部長?」
声をかけると、つばさはいつも通りの笑顔で振り返った。
「うん、大丈夫。私、“部として初の入賞”って言葉、ずっと聞きたかったから」
「でも……その、部長の作品も、すごく綺麗でした。私、実はちょっと、憧れてます」
「……ありがとう。沙耶ちゃんが書いてくれて、ほんとによかったよ」
──その晩。雨が降り出した、静かな夕方。
部室に一人残っていたつばさは、誰もいない壁に貼られた「出品作一覧表」を見つめていた。
自分の字。負けた字。
整いすぎていたのかもしれない。
美しさだけで、想いがなかったのかもしれない。
「……わたしの字、どこにも届かなかったんだな……」
ぽつり。呟いたその言葉と同時に、手元からひと粒のしずくが落ちる。
涙だった。
(悔しい。悔しい。……でも、ちゃんと悔しく思えたんだ。まだ、私、書に向き合えてる)
「つばささん……?」
驚いたような声がした。振り返ると、沙耶が傘を抱えて立っていた。
「さっき、賞状持ち帰ってたら……あれ、部長の字じゃないかなって、ふと気づいて……それで……」
沙耶は、ぎゅっと賞状を握りしめた。
「……この賞、私だけのじゃないです。
“部長が、書く場所を守ってくれたから”です」
「……え?」
「はじめて筆を持って、好きに書かせてもらえて、バカ話して……
そんな“部室”があったから、私、字を書き続けてこられました」
沙耶は賞状をつばさの方へ差し出す。
「これは、“ふたりの書道部”の、はじめての賞です」
つばさの手が、震えながらそれを受け取った。
「……ありがとう、沙耶ちゃん」
ふたりの間には、言葉のいらない時間が流れる。
その日、部室に残った灯りはいつもより長く、雨音の中に揺れていた。
──そして後日。賞状はふたりの名前の横に、そっと掲げられることになった。
「部員代表:沙耶・つばさ(共同)」
紅葉がそれを見て叫ぶ。
「なんかいい話で終わってるぅ!? 青春かよぉ!?」
琴音はそっぽを向きながら、静かに言った。
「……まあ、たまにはこういう湿度高めの青春も、悪くないですね」
(第4話・完)