■第4話「初めての賞状、初めての涙」──中編
【金曜日/放課後・書道部室】
「よしっ、それじゃあ――」
つばさが、手元の紙束をトントンと揃えて、静かに言う。
「部内選考会、開始です」
部室には、いつになくピンとした空気が漂っていた。
「今回は“無記名・ブラインド評価方式”でいきます。
自分の作品には名前を書かずに提出、番号だけで判定します」
「えっ、めっちゃ本格的……」
「誰の作品かを知らずに見ることで、“作品の力”そのもので選ばれる、というわけですね」
琴音がうなずく。
「公平ってことか……うん、いいんじゃない?」
「緊張してきた……けど、ちょっと楽しみかも」
沙耶は自分の作品の入った封筒を、両手でぎゅっと握る。
(“選ばれたい”なんて、私にはまだ早いかもしれない……でも、)
(それでも、“誰かの心に残る字”が書けた気がする)
紅葉はいつもより無言で、封筒をつばさに渡す。
「……珍しいね。しゃべらない紅葉さん」
「しゃべると、字が負けちゃいそうでさ」
「おお、それっぽい……!」
そして、つばさが最後に自分の封筒を箱に入れ、言った。
「それじゃあ……いきましょう。目隠しシャッフル、開始!」
(ジャラジャラジャラ……)←封筒を混ぜる音
こうして4人の作品は混ぜられ、番号だけの状態で並べられた。
【審査タイム】
「それぞれ、好きな作品に“票”を入れてください。ただし、自分のは投票禁止です」
「こういうのって……“私の好みで選ぶ”感じでいいんですか?」
「そう。いちばん“心が動いた”字に、正直に入れてください」
一枚一枚、じっくり見る。
筆の勢い。余白の間。震えた線。硬い字、やわらかい字。
「うわあ……これ、意外と……悩む……」
「全部、それぞれ“らしい”んだよな……」
「……でも、ひとつだけ、あった。“あ、これ、好きだ”って思えたやつ」
結果、投票が終わり、開票のときが来た。
「――今回、いちばん多くの票を集めたのは……」
(ドキドキドキ……)
「作品番号3番、です!」
沈黙。
そして、緊張が解ける一拍ののち、
「……っ、私、です……たぶん、私の字……っ」
小さく、でも確信のある声。
それは――沙耶の声だった。
「おおおおお!? 沙耶ちゃん!? 初受賞!? 初勝利ぃぃ!?」
「すごい……ううん、“一番伝わった”ってことですよ」
「……おめでとう、沙耶さん」
琴音も、ほんのわずかに目を細めて微笑んだ。
でも――その隣で、つばさはゆっくり目を閉じていた。
「……沙耶ちゃん、おめでとう。ほんとうに、いい作品でした」
「ぶ、部長……?」
「これで、書道部として“はじめてのコンクール出展”が叶いますね」
(でも……)
(その場に、私はいないんだ)
自分の書いた“完璧な一枚”を前にして、
つばさは、笑顔のまま拳を握りしめた。
(これが、私の“負け”――)