■第1話「新入生歓迎と、部長の仮面」──前編
四月。新学期。
桜吹雪のなか、古びた書道室の扉が、きぃ、と音を立てて開く。
「……さて。今年も、部長として完璧な一年にしましょうか」
そうつぶやいたのは、書道部部長――中条つばさ。
髪も制服もぴしっと整い、手には自作の「部活説明スライド」入りタブレットを握っている。
「部長ぉ~、プリンター壊れてて文化祭の写真出力できなかったんだけど、これ、どーすんの?」
部室の奥からひょっこり現れたのは、片足だけ制服の靴下がずれてる自由人――朝比奈紅葉。
「それは昨日のうちに確認しておいてって言いましたよね? まったく……!
仕方ありません、口頭で説明する方向に変更します。私はできますから!」
「部長、完璧主義発動中って感じですね。いつものやつです」
続いて現れたのは、控えめ眼鏡にポニテ、常に礼儀正しい――佐伯琴音。
なのにその眼は、紅葉のスカート丈にチラッと釘付け。
「ていうか……紅葉さん、それはもう制服としての尊厳が……」
「えー? だってそのほうが書きやすいじゃん。膝で踏ん張れるし。書道って体育会系じゃない?」
「……君はまず常識を臨書してきて」
「お、それうまい。書道ジョーク出ましたー」
「冗談言ってる場合じゃないです。新入生歓迎会、あと20分ですから! 急ぎますよ!」
「はいはーい、リーダー命令には従いますよー、だって私、謎に責任感のある部長、わりと好きだからさ~」
「な、謎ってなんですか謎って!」
そこに――バンッ!
思いきり勢いよく扉が開く音がした。
「…………おじゃま、します……」
沈黙。
「あの……誰もいない感じで……私、ちょっと道に迷ったっていうか……」
黒髪ぱっつん、制服きっちり、目線がやたら宙をさまよう少女が、ドアの隙間から顔を覗かせていた。
「……あれ? 南雲沙耶……ちゃん、だっけ? クラス同じだわ。確か自己紹介で“趣味:静かに文字を書くこと”とか言ってた子」
「えっ、な、なんで覚えてるんですか!? うわー恥ずかしい……今、消しゴムだったら自分ごと消したい……」
「ようこそ、書道部へ!」
つばさが、最高のスマイルで両手を広げた。
「えっ、もう入部ってことで!? 私まだ『ちょっと覗くだけ』の段階で……!」
「いいえ、もうここまで来たら戻れませんよ、人生ってそういうものです! それに!」
バッとスライド資料を開くつばさ。
「我が書道部は、書の伝統を守りながら新しい表現に挑む、最高のクリエイティブ集団なんです!
このスライドを見てください、私の完璧な構成で――」
「すごい、フォントまで統一されてる……。しかも縦書きでプレゼンしてるの、初めて見た……」
「伝統は、縦に流れていますからね!」
「……あっ、やばい。ちょっと面白いかもこの人たち」
沙耶がそっと、笑った。
──こうして。
今年度の書道部、こじらせ4人娘の、にぎやかで面倒くさい日々が幕を開けた。
(中編につづく)