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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

狂い咲き

作者: 綾火美麗
掲載日:2024/08/28

 十二月初旬。夕方から降り始めた雪が夜の街を白く変えている。


 ザッザッ。薄く積もった雪が足音を際立たせる。草履の音というよりは、雪同士が擦れた音だ。


(七…いや八人か)


 久兵衛は、腰に付いている刀の柄を撫でた。幼い頃父の友人に造ってもらってから、もう何十年も共に生きた戦友だ。


 しかし、かつては金が施されて綺羅びやかだった頭もつばも、今は錆びついている。


 ザザッ。


 八方位で笠を被った男たちが刀を抜いて構えている。男たちの顔はよく見えない。着物もただ青いだけで、家紋もない。


 久兵衛はゆっくりと刀を抜く。キンと乾いた金属音が、凍てつく空気を切り裂くかのように響いた。


 ザッ。


 八人のうち四人が向かってくる。ほかの四人は刀は構えながらも控えているだけだ。おそらく時間差で攻撃する方法だろう。


(戦い慣れている)


 前方、後方、左右。既に背後を取られている。


 久兵衛は左足を軸に右回りをしながら後方の男を斬った。あまり深くは斬れていないが、動きを止めることはできている。


 そのまま流れで左側にいくと見せかけて、右側の男を突く。これは肩に刺さったようだ。刀を持つ腕を負傷すれば、動きも鈍くなるはずだ。


 しかし、二人を斬る間に残りの二人に間合いを詰められている。最初前方にいた男は、低姿勢で懐に入り込もうとし、もう一人は大きく刀を振り上げている。


 刀を抜き、前方にいた男へ相打ち覚悟で刀を下ろす。


 相手の入りが浅かったことが功を奏したのか、脇腹を掠っただけに収まった。


 気づくと、残りの四人の男たちが刀をおさめ始めている。加勢するまでもないと思ったのだろう。


 刀を振り上げていた男はおそらく真っ向斬り。ならば一文字斬りで横をつけばいい。久兵衛は刀を軽く持ち直し、右に勢いよく刀を振った。


 しかし、そこに斬るものは無かった。


 代わりに久兵衛の右肩から腰にかけて刀が振り下ろされた。


(真っ向斬りと見せかけた袈裟斬り、か)


 身体が一瞬浮いたように軽くなった。これだけ斬られてはまず助からない。


(だからといって諦める気もない)


 久兵衛は思い切り左足を踏み込み、先ほど袈裟斬りをかました男に刀を落とし込む。間髪入れず、振り向きざまに一文字斬りを入れる。


 そのとき、久兵衛の視界を赤いものがよぎった。そしてそれは久兵衛が刀を振るたびに増え、宙を舞った。


 おびただしい数の椿が、咲き乱れている。そう久兵衛は思った。


 久兵衛は嘲笑した。


(どこの誰だか知らないが粋なやつだ。椿は春にしか咲かないというのに)


 赤い。紅い。朱い。緋い。どの表現が正しいのだろうか。本来は華やかな紅を持つ椿が、赤黒い妖艶さを放っている。


 そのとき、右肩に何かが刺さる衝撃を感じた。


(…上、だと?)


 私の落ち度だ。まさか弓取りがいるとは。


(四肢が痺れている。神経毒か)


 久兵衛は肩の矢を抜き、その場に放り投げた。


 久兵衛の心はひどく高揚していた。


 聞こえるものは、強く速く波打つ鼓動だけ。もはや傷の痛みも感じない。高揚感のためか、意識は朦朧としている。しかしそれでも、視界は澄み渡っている。まるで身体中に目があるかのように、すべてがわかる。


 そして、それを静かに見る自分がいることもわかる。


 この感覚はどう考えても常軌を逸している。そうわかっても、身体を止めようとする自分はいない。


「ははっ」


(そうか。私はまだ戦いたいのか)


 久兵衛は、思い出した。刀を持ち、人を斬る。その誇りを。


 数多の人を殺めて登りつめた地位。豪華な食事。美人ばかりの女中。身なりを整えずとも寄ってくる女たち。


 何を手に入れても、どんな面を被ろうとも、私は昔のままだ。ただただ戦うことを好む、狂った男だ。


 男たちは刀を鞘におさめ、屋根の上の弓取りに手を挙げて合図をしている。


 この男たちは私が表に出なければ屋敷を襲っていたのだろうか。あの弓取りは女だった。この屋敷には、女など数え切れないほどいる。簡単に忍び込めたはずだ。


 とうに決着はついていた。しかし久兵衛は斬り続けた。


 流れのままに振るう刀に手応えはない。斬っても斬っても、相手との距離は詰まらない。


 それでも、振るうほかなかった。たとえ空を切るだけだとしても、そこに誰もいなくとも、この激情が尽きるまで斬らなければいけなかった。


 


 翌朝。彼の横にはひとつの花が残っていた。


 朽ちて色褪せた椿が。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 描かれていない主人公の過去について推察する部分もあり深みがあって面白かったです! よっぽど恨みを買っているのでしょうね……。 [一言] 幕末の京都と今の京都は同じ場所だということがわかっ…
2024/08/28 14:58 退会済み
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