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4輪①

 合唱同好会の結成を実現するために必要なメンバーは、あと一人。紗耶香加入の一件によって、それを否応なく意識させられた若菜は、結成までの期限が事実上残り一週間程度なこともあり、他にももっとできることがないかと、より強く考えるようになっていた。

「誰か、適任なやつがいたらな……」

「若菜ちゃんどうしたの、適任って?」

 六時間目の授業が終わり、何気なく呟く若菜に、隣の和音が訊ねた。答える若菜は、複雑そうな面持ちで嘆息していた。

「同好会さ。知り合いにでも、合唱興味あるってやつがいたらよかったんだけど」

「あはは、そうだね。でもまあ、まずないよねえ……そんな都合のいいこと」

 勧誘を続けたほうが、加入希望者を見つけられる可能性もまだ高いだろう。二人はそう結論づけ、荷物をまとめて教室から移動しながら、今後の勧誘について話していた。

「もっと注目してもらえて、人を集める方法、ないもんかなあ」

「そ、それなんだけど……私に考えがあるんだっ」

 どこか神妙な様子の若菜に対して、和音は屈託ない笑顔を浮かべる。

「そんなに自信あるのか」

「うんっ。先輩たちが入ってくれたときのこと、思い出してね。みんなで歌ってそれを聴いてもらうのとか、いいんじゃないかって」

 和音の発案を耳にし、なるほど、と若菜は納得した表情で言う。同時に、安堵の色がそこには見え隠れしていた。自分の懸念はひとまず無用だろうと判断し、若菜は和音と共に駆け足で第二音楽室へ向かった。

「どうも。遅かったですね、お二人とも」

 和音たちが部屋へ入ると、心春・菫・紗耶香の三人もまた、中で話をしているようだった。

「かずねちゃん! 私たちミニコンサートをやらないかって話してたんだけど、かずねちゃんはどう?」

「ミニコンサート……?」

「合唱が気になるって生徒の子たちを集めて、その前で実際に歌ってみるの。ただ勧誘してるだけじゃなくて、そういうのもあったほうが、人が集まるんじゃないかって」

 楽しそうに話す菫の姿を目にし、和音は一も二もなく返事をした。

「あっ……はい! もちろん!」

 その顔は一瞬引きつっていたが、そのことに気づいたのは隣の若菜だけだった。和音が自信満々で考えついた案を、当たり前のように他のメンバーも考えていたことで恥ずかしくなったのだろう、と推察した若菜は、じっと口を噤んでその様子を静観していた。

 それからしばらくして、和音が普段通りの笑顔を取り戻すと、若菜もまた四人へ向けて、一つの提案をした。

「ミニコンサートか——もし良かったら、私がまたビラとかポスターを描いても?」

「……やってくれるのなら、任せても良いかしら」

「よろしくお願いするです」

 肯定的な答えを受け取り、若菜は大きく頷いた。敢えてサポートに徹する意思を固くしている若菜が、和音と、そして合唱同好会と、若菜自身の今考える理想的な形で関係を継続していくために選んだ、最善のやり方がそれだった。

 その反面、直にこうして協力しながら活動する時間が終わってしまうことも、若菜はよく承知していた。

「よし、頑張ろ」

 胸を過る幾許かの寂しさを押し殺し、若菜は人知れずひとり言を溢していた。


 第二音楽室を離れ、教室で一人ミニコンサートのポスターを描いていた若菜。

 自分のポスターで同好会を知った人が一人でも、あわよくば数多く出てくるように。また、そこから同好会を知った人が、ミニコンサートを聴いて入りたいと感じてくれるように。若菜により願いを込められたポスターは、放課後いっぱいの時間をかけて、その日のうちに完成を見た。

「ちょっと張り切りすぎたかな……まあいいか、それだけ作り込めたわけだし」

 時計を見ると、下校時間もそう遠くない頃合い。今から第二音楽室まで赴いて、準備をする和音たちに合流するのも手間だろう——それにポスターも翌日見せれば良い。そう考え、若菜は帰り支度を始めた。

「成功するといいな、和音……」

 そんな若菜のひとり言を、聞いていた人物がいたのだった。

「気になるんですか?」

「わっ!? そ、園内さん」

 驚く若菜を尻目ににやつく心春は、忘れ物を思い出して教室まで戻っていたようだった。三人が一足先に帰ったことを若菜へ伝え、中へ足を踏み入れた。

「まだまだ冷えますね、日が沈むと。よくこんなところにずっといたものです」

「それだけのやる気はあるってことだよ。私にできることなら」

 和音やみんなのために、と同好会を手伝っているのが伊達でないことを強調する若菜。その言葉を、心春は改めて疑問に感じていた。

「本当に、入るつもりはないんですか」

 端的に言われると、若菜のほうも流石に心苦しかった様子で、声を詰まらせていた。話せる理由があるなら聞きたい旨を心春が伝えると、そこに至って若菜も覚悟を決めたのか口を開いた。

「私、中学の時バスケ部でさ。スポーツは好きだったし、経験もあったから入った。だけど、好きなことをするとしても、必ず部活とかに入る必要なんてないんだ」

「それは……確かにそうですが」

 理解を示しながらも、その理由を飲み込み切れずに食い下がる心春。しかし、若菜は続けた。

「私にとっての部活って、人の嫌なところばっかり見えてた場所なんだ。誰にだって苦手なやつがいるのは仕方ない話なのに、本当に悪いやつなんかいないのに。人が集まっていくと、馬が合う同士でグループができて、合わないやつらを悪く言って。私、そういうのを止めてるうちに、もう嫌になったんだ」

 若菜の瞳はいつもの色を失い、虚ろになっていた。隠し切れない悲しみを秘めた声には、熱心な勧誘活動を続けてきた心春も、それ以上加入の意思を問おうとはしなかった。

「嫌になったのは、部活動がということですか」

「部活にも、部活の時のあいつらにも、立場が違えばあいつらみたいになったかもしれない私にも——」

 答えた若菜に、柄にもなく深入りをしすぎたかと心春は一言詫びた。その上で淡々と、強く宣言した。

「入りたくないなら、それでも構いません。私は私のやれることをやるだけです」

 二人はその後、一つとして言葉を交さず、ただ成り行きでそのまま連れ立って学校を出た。通学路を歩き、電車に乗り、最寄り駅の近い若菜が先に下車した。

 ホームに降りた若菜は肌寒さから一つくしゃみをして、そのまま帰途に着いたのだった。


 翌日の放課後、若菜は一度和音と別れて生徒会室を訪れ、扉をノックした。

「あら若菜ちゃん、こんにちは」

「失礼します。このポスター、生徒会でチェックしてもらいたくて」

 掲示の許可を貰うため、ミニコンサートのポスターを提出した若菜。他の職務の只中だった葉月は、一度手を止めてそれを受け取り、若菜の姿と交互に眺めながら確認した。

「高校生になったのね、貴方も。ふふふっ」

「ど、どうしたんですか、改まって」

 狼狽える若菜に、葉月はいたずらっぽく返してみせた。

「ちゃんと礼儀正しくしてるんだもの。弥生ももう少し見習ってほしいくらいよ」

 戸惑ったままの若菜は、付き合いの長い弥生への談にも返答せず、ポスターが手元に戻ってくるのを待った。その間、綺麗に彩られたポスターを葉月が一頻り称賛し、若菜は照れ臭さからか落ち着かない様子でいた。

 間もなくポスターが特に問題もなく承認され、若菜の手に返されると、息つく暇もなく早足でその場を後にしようとした。

「ありがとうございました。早速貼ってきます、失礼しました——」

 しかし、その後ろ姿を葉月は一度呼び止めた。

「待って。その……大丈夫?」

「——同好会なら、きっと五人揃いますよ。そのためのミニコンサートですから」

「そうじゃなくて、若菜ちゃんが……」

 葉月の懸念は若菜の耳まで届いていたが、若菜は目を瞑り、敢えてそのまま扉を閉めたのだった。

 その懸念が同好会に関わることへの心配だとしても、加入しないと理解した上で同好会のメンバーとの今後がどうなるかと不安視していることだとしても、若菜は葉月に言われる前から覚悟をしていた。

 同好会に深く関わるのはこの一ヶ月で終わり、その後は機会があれば関わる友達に収まるだろう。特にクラスメイトである和音とは、これからも仲良くやっていけるのが理想だった。だが若菜は、ただの勝手な理想でしかないそれは叶わないかもしれない、叶わなくても仕方ない、と割り切ってもいた。

 一階廊下で横長に場所を取っている掲示板の、空いている中で可能な限り目立つ場所を見つけてそのポスターを貼る。そして若菜はすぐさま、第二音楽室へ目的地を変えた。自分が次できることを——そう考えて急いだ若菜は、部屋の前まで辿り着くと、切れた息を整えてから扉を開けた。

「——でね。私、若菜ちゃんとはこれからも仲良くしたいんだ。は、入らないって分かってても」

「それを聞けて安心しました。まあ、お二人はクラスメイトですもんね」

「ううん。クラスメイトじゃなくても、きっとそう思ってた。だって、こんなに色々協力してくれる人だよ? こ、これっきりで一緒じゃなくなるほうが無理だよっ」

 中に入った若菜を待っていたのは、和音から自身に対しての熱弁だった。やがて和音はその対象であった若菜の入室に気づいたが、二人とも恥ずかしさでしばらくの間、ばつが悪そうな表情をしていた。

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