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18輪①

 自分にとって大切な物から目を背けるつもりはない——改めてそう誓い、四人を見据えた心春。その目は、声を奮わせる和音の訴えにも揺るがない決意を宿していた。

「一緒に……これからもやっていけないのかなっ……」

「それこそ、あなたたち次第です。私からすれば」

「私たち次第……?」

「自分の信じる物を譲る気も、ねじ曲げる選択肢も私にはありませんから」

 心春の言葉と共に再び一時の沈黙が五人を包むと、今度こそもう聞くこともないだろうと判断し、心春は背を向けた。菫だけでなく和音もそこに手を伸ばそうとしたが届かず、途方に暮れる同好会の面々。

「どうにか、ならないんでしょうか」

 和音は涙目になって膝から崩れ落ち、若菜に支えられていた。合唱経験の少ない二人は同じ眼差しで、心春の意思も含めて汲む術を菫と紗耶香に求めた。

「……どうにかなるなら、彼女を止めたりはしないわ。合唱は、そういう物だと思っているもの」

 どこまでも冷静な紗耶香の答えを、まずは受け止めるよりない。それを感じたのか、和音は尚俯いて口にした。

「初めて園内さんに会ったとき、私聞かれたんです——どんな合唱をしたいのか、どんな音楽を作りたいのかって。園内さんにとって、アニメの曲で合唱をしたいって思いも、やっぱりそれだけ大きな話なんじゃないかと思ったら……」

 心春がなぜあのような姿勢を取るのか。本人からはっきりと聞くことができなかった四人は、これまでに知っている情報からそれを推察するよりなかった。その中で、どうしても心春の心境を無視できない人物が二人いた。同好会の設立を悲願としていた、そのうちの一人であった和音に、もう一人である菫が寄り添った。

「合唱にかける思いがあって、だから同好会を作った。そこにやりたいことや理由があるのはこはるちゃんだけじゃないし、本当はその思いも全部平等なのよね……」

 その時の菫が口にした言葉に反応した若菜は、心春のこれまでの行動のほうを推し量っていた。

「本当に自分のやりたいことだけを考えていたなら、きっと積極的に練習をリードしたり、私たちのやりたいことを聞いたりはしないと思います。先輩が今話したようなことを、園内さんも分かってるんじゃないかって……そう考えたいです」

 自らの過去に心春が同調してきた姿を思い出し、初心者であるためにメンバーで最も心春の指導を受けていた若菜の答えはそういったものだった。そうして思いの丈を吐き出した三人を、紗耶香は返す言葉も見つからないまま見つめていた。

 そんな様子に目をやり、再び菫が口を開く。

「ねえ、さやか。私たちも元々合唱の経験があったから、深く考えないまま当たり前だと思っていた価値観があるのかもしれない。もう少し、考え直してもいいのかしらね……?」

 そうして揺れる菫の言葉にも、紗耶香ははっきりとした返答はしなかった。しかし、その目には自分自身の意思を強く宿していた。


 結局心春不在のまま、その日も基礎練習だけ行って活動を終えた同好会の四人。身支度をしながら、和音は菫にそれとなく耳打ちをした。

「あの、すみません先輩」

 遠慮がちな話の切り出し方をする和音には、何か提案があったらしい。それを耳にした菫は驚くと、しばらく考え込んだ。

「うーん……できるって保証はしにくいわねえ」

「も、もちろん無理にとは言いません! ただ——」

 難しいなら、と念を押す和音。しかし、菫はすぐに続けた。

「——保証はできないけど、もちろんやるわよ? ふふっ、頑張ろうかしらね」

「じゃ、じゃあ、よろしくお願いしますっ」

 私もできる限り頑張ります、と付け足して安堵する和音。その様子に、今度は若菜が気づいたようで、やはり頃合いを見計らって和音に尋ねていた。

「なあ、さっきの話って」

「うん——先輩の力を借りれば、できるかもって思ったことがあって」

 声のトーンを落として伝える和音。だが、菫以上に驚いた若菜は、第二音楽室の隅まで響いてしまうほど叫んでしまったのだった。

「えっ!? そんなこと本当にできるのか——」

「わ、若菜ちゃんっ」

 釣られて今度は若菜以上に驚き、慌てふためく和音。思わず辺りを見渡すと、目が合ったのは紗耶香。

「……どうしたの、聞かれたらまずい話なのかしら」

「い、いえ! そういうのじゃ、ないんですけど」

 声が裏返ってまで強く否定するのを、紗耶香は逆に訝しがった。すると、片手間にスマートフォンを操作していた菫が代わって答えた。

「あの曲を、少しでも歌えるように練習してみないかって。心春ちゃんがやりたがってた曲をね」

 心春に次ぐ合唱経験者である二人の意向を踏まえ、紗耶香には後から話を回しておくほうが良かったのではないかと不安がっていた和音は、菫が紗耶香にもこの場で相談の内容を伝えてしまったことに狼狽していた。しかしその危惧に反して、紗耶香から返ってきたのは決して否定的ではない反応だった。

「……それが最善だものね、今回は」

「え!? あ、ありがとうございますっ」

「……彼女の夢まで無下にしたくはない。私だって、それは同じだから」

 紗耶香の意思も同じだったことに目を丸くし、和音と若菜は嬉しさをはっきりと示す前に混乱していた。その側で人知れず笑みを浮かべていたのが菫。

「全員、賛成ね。なるべく早く楽譜をみんなに送るわね、原曲はさっそく買ってダウンロードしたから」

「……私も手伝うわ」

 協力の姿勢を見せてきた紗耶香は、心春の合唱経験者としての側面のみならず、人間性をも立てようとしていた。菫はそのことを察しながら、紗耶香への直接的な称賛を飲み込んだのだった。

「先輩……あ、ありがとうございますっ」

 代わりに頭を下げたのは、発案者の和音。がんばりましょう、と自然に呼びかけ、再び音頭を取った。そしてその夜には、事前に伝えられた通り菫と紗耶香で起こした楽譜が共有され、四人は必死で歌詞と曲を覚えていった。

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