17輪②
合唱部でも私にとってただ一人の味方だった彼女の他は、皆私の意見に耳を貸そうともしなかった。部員たちの常識から、私の立場は尽く外れていたのだ。
私だって、合唱をやる人なら誰もが知っている普通の曲にも好きなものの一つや二つ、十や百、いくらでもある。私はただ、そんな中でどうして歌ってはいけない曲があるのかが理解できない。本当に、ただそれだけだったのに。
「却下……かなあ、やっぱり」
「どうして! 理由は何です!?」
「部長としては、アニメの曲よりももっと、みんなが気持ち良く歌える曲にしたいかなって……」
私の提案した曲へ碌に耳を傾けず、皆のためだと頑なに否定し続ける部長を、私は心の底から憎んだ。
「私がもっとズバッと言ってあげようかしら? アニソンとかそういうの、私たちは絶対に歌いたくないの」
「ちょっと、流石にそこまで言わなくても……」
「佳奈は黙ってて。こうでもしなきゃ分からないのよ、この副部長。自分の立場に驕って良い気になってるんだから」
私は、ただ自分が素敵だと感じる曲を歌えるのならそれで良かった。自分たちの共有する「普通」を守る意志が全てだと言い張るかのように噛み付いた一人の部員を、私は否定し返してやりたかった。
「そんなこと――」
「――じゃあ何、実力のほう?」
「だから、私は……」
「この際ついでに言うけど、我儘で輪を乱すあなたのそういうところ、すごく嫌いだから。そうでしょう、みんなも?」
そして彼女に疑いもなく右へ倣えするこの部全体を、私のほうから拒みたくなっていた。
しかしそこまでなら、辛うじて私も平気の筈だった。理解者が今周りに幼馴染しかいなくても、これから探せばいい。それにいくら話の噛み合わないメンバーがここに揃っていようと、私の好きな世界をこれからも変わらず好きであり続ける私の意志は決して揺らがない。だから大丈夫だと、思っていた。問題の大元がその合唱部などではなくもっと深くに根差していると、無知だった私が知るまでは。
コンクールで歌える自由曲は、最初から自由などではなかった。合唱団にいた小学生の頃も、こうして中学校の合唱部に所属するようになった去年も、私は自由曲に感知できなかったために、「教育上相応しい曲でなくてはならない」という、コンクールにおける自由曲の規定を知らなかったのだ。遅れてやってきた顧問の先生がそこで初めて部内の騒動を把握し、規則から外れた曲が出てくるなんて珍しいこともあるものだ、と他人事のように淡々と説明するのを聞きながら私は思い知った。私が戦っていた部のメンバーはただ古めかしい価値観を植えつけられて思考停止しただけに過ぎず、同じ風潮はそこかしこに、さも当たり前という風に蔓延している。
そしてもう一つ、それでも「好き」を譲る気のない私を完膚なきまでに打ちのめしたのは、部長に代わって異を唱えたあの部員の追い討ちだった。テスト明けで再開初日だったその日の部活が終わった後、特に近しい他の部員を何人も連れて私に放った、他人の好きな物を踏み躙る最悪の追撃――その侮辱の中身を事細かに話して、目の前の四人の同情を買うか?
結局、夢のような世界は夢でしかない。私の好きな世界が他人を理解してくれる人間と運命的に巡り合え、恵まれる世界なのも、単に夢は夢に過ぎないからだ。
「佳奈さん、本当にすみません。こんなことになってしまって」
「謝る必要なんかないって。そりゃはるにも頑固なとこあるから、悪くなかったとは言わないけどさ。少なくともあの部のみんなよりは、はるのほうがちゃんと話聞いてたもん」
「でも、佳奈さんまで邪険にされる理由には――」
「――みんながみんなってわけじゃなかったし、そんな人らは私のほうから願い下げだよ。それより、私のほうこそごめん」
「そんな、どうして佳奈さんが」
「大切な親友が悪く言われてたのに何もできなくて。はるへの陰口をもっと私に逸らすくらいできてたらって今でも思うんだ」
「はは……そこまで行くと、ちょっと怖いくらいです」
「そうかな? いや、確かにそうかも。もしかするとある意味、離れて正解だったりして」
「正解にしなきゃですね。どうしたらいいかは、まだ分かりませんけど」
他の理解者は側にやってこないまま、私は卒業を迎えた。それが現実だった。他に人の気配もなかった屋上への階段に座り込む、あの日の私の手にあったのは、私が羽ばたけるようにと想いを込められた蝶々型のバレッタと、そして。
「どうしたらいいか、か。はるはさ、やっぱり自分の好きな物をたくさんの人に触れてもらいたいんだよね」
「今更言うまでもないです。それにそういう人がいる場所でないと、私の居場所とは言えませんから」
「きっとそれには、好きな物が素敵な物だって分かってもらわなきゃいけない。はるがそう思うことのほうが何より意味のあることなんだって、認めてもらわなきゃいけない」
「私は分かってもらえなかった……あの人たちに……」
「私たちはずっと一緒だったから、分かってる。でもみんなはそうじゃない。ただ自分の意地を通すんじゃなくて、どうにかして伝えるのが大事なんだよ」
「伝える……でもあの時みたいに、聞いてもらえなかったら」
「手を変え品を変えて何かを勧めてくるのは、はるの十八番じゃん。何を勧めるかが違うだけだよ」
あの時の私にはもう一つ、幼馴染のはなむけの言葉があった。
私は彼女を通じて、私自身に相応しいやり方に気づいたんだ。合唱にしたって、想いを伝えるのが重要なのは同じだ。目の前の人たちに分かってもらえなければ、名前も知らない無数の誰かに伝わるなんてあり得ない。
幼馴染はもう側にいない。居場所なんて、ここにはない。
ここにいない幼馴染について話したって、何にもならない。
いくら私の好きな物が拒絶されようと、哀れみを向けられるつもりもない。
なら、私がやるべきなのは、何もかも洗いざらい打ち明けてしまうことじゃない。長い目で見て彼女に後押しされた私らしさを曲げずに進み続けることだ。忌々しい記憶の中で一度、そしてこの場所でもう一度撥ね除けられた、あの曲とも一緒に。
「他人が決める『常識』なんて関係ない」
「え……」
たった一言で、この同好会の副部長は顔色を変えた。他の三人も少なからずたじろいでいた。でも、そんなのは私に関係ない。
「私は私が好きで素敵だと信じる世界を、曲を、ただただ合唱で味わってほしいだけです」




