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16輪②

 それでも心春が戻ってくるのを望む四人は折れずに、翌日心春の動向を窺っていた。

 放課後、荷物を手早くまとめて一目散にC組へ向かった和音と若菜。中を覗くと、心春もまたちょうど教室を出るところだった。

「何ですか」

 二人が呼ぶより先に、心春は冷え切った目を見せて牽制した。対して和音は、なるべく普段通りの調子で声をかける。

「い、行こうっ」

 その言葉に耳を貸さず、脇を通ろうとした心春。堪らず、今度は若菜が腕を掴んだ。

「そ……園内さん」

「分かってます、行きますよ」

 然るべき返答が来るまで離さないつもりの若菜に、とうとう心春も溜息をついて観念した——かと思いきや、行くと言われて安心し、力が抜けた若菜の手を振り解くと、心春は第二音楽室と逆の方向へ走り出していった。

「お、おい!」

 どこに行くとは言っていないし同好会の活動に行く気もない——心春はそうして二人の虚を突いた。そのまま振り切るつもりだったが、若菜もその意図を察したらしく、和音を置いて脇目も振らずにその後を追いかけた。

 心春も全力を振り絞ったものの、若菜の全速力には敵うはずもない。敢えなく心春は捕まり、不覚を取ったのは自分のほうだったと顔を顰めていた。

「何がしたいんですか、そんなに私を追いかけ回して」

「何って……同好会は、合唱はどうしたんだよ」

「どうでもいいです、あなたには関係ないです。私自身がどうでもいいと思われてるみたいですから」

 なぜ心春がそこまで態度を変えたのか、心当たりが見つからない若菜。一方で、今自分自身が歩み寄らなければならないと直感してもいたようだった。

「——気に障ることを言ったなら謝るよ、ごめん。せめて、それだけ確認しなきゃ気が済まない」

「それが済めば終わりなんですね。その通りだ、というのが私の答えです。では」

 心春は掴んでくる手を再び振り払おうとする。しかし今度は若菜も油断する様子がなかった。

「い、行っちゃだめだ。話はまだあるよ」

「いい加減にしてほしいですね……そうまでして引き止める理由があるんですか」

「あるよ。私が同好会に協力するだけのつもりだった理由を、先に受け入れてくれたのは園内さんだから」

 聞く耳を持たずに突き放していた心春だったが、その時初めてはっと目を見開いていた。若菜には、苦しかった中学時代とそこから形成されていった自身の性格を、心春に肯定してもらえた恩義や感謝がある。それを続けて伝えようとした瞬間、和音がようやく二人に追いついてきたのだった。

「お、置いてかないでっ……」

「ああ、ごめん——園内さんも、いいよな」

 どこまでもペースを狂わせてくる二人に、心春はこの場でそれ以上抵抗する気力を失くしていた。


 第二音楽室に着いた三人を迎えたのは、若菜からの連絡を受けて待機していた菫と紗耶香だった。再び全員で集まった同好会メンバーだったが、菫を除く四人はただならぬ表情をしており、唯一笑顔を崩さない菫も、内心の不安を掻き消すことはできていなかった。

 膠着した様子に溜息を吐く心春。やはり来る意味などなかった、とでも言いたげなその態度を前に、我慢ならなくなった紗耶香は強い語気で不満を漏らした。

「……貴方、分かってるの? リーダーをやりたいと言って譲らなかったのは、貴方自身なのよ」

「そうですが。私が結局適していなかった、で済む話じゃないですか」

「……失望させないでちょうだい。都合の良いことばかり言って」

 失望、それは期待の裏返しであろう。菫は静かに考えながら、状況を見守っていた。心春のほうは、尚もふてぶてしく振る舞った。

「どの口が言ってるんですか。人の好みを皮肉たっぷりに否定しておきながら」

 次に返ってきた言葉は、菫にとって無視できない誤解だった。和音たちに同じことをしたように、心春に対しても紗耶香の真意を伝えようとした——その時、菫より更に早く声を張り上げた人物がいた。

「皮肉じゃないよっ」

 他の全員が驚いて注目を向けたのは、和音だった。

「か、かずねちゃん」

 そう呟いた菫を始め、全員がその勢いに圧倒される中、和音は続けていった。

「だって、素敵な曲は、どこで生まれてどう聴かれてたって素敵な曲だよ。あの曲を歌うって決まった時、反対する人は誰もいなかったじゃないっ。それに歌った時も、私本当に楽しかった——」

 昂る感情を押し殺すように、そう告げる和音。然しもの心春も一瞬揺れ動いたが、それでも再びその目は諦めを映し出した。

「そうですか。でも意見が食い違う以上、その思い出はここまでです」

 そこに続いて返したのは、若菜だった。

「言っただろ——私、もっと知りたいんだ。園内さんの好きなことや、嫌だと感じたことを。園内さんの言う『意見』って何?」

「もう聞かせたはずですが。あの曲を歌いたい、と言って伝わらないんですか」

「そうじゃない。園内さんが何に傷ついたのか、どうすれば同じことを繰り返さずに済むか、それを見つけるための話が聞きたいんだよ」

 心春は、たった一つのきっかけや、高々二ヶ月程度の付き合いで、二人がここまで踏み込んでくることを受け止め切れずにいた。遂に返答も叶わなくなり、沈黙する心春。その横顔に、今度は菫が手を伸ばす。

「こはるちゃん、私はこはるちゃんのそういうところも素敵だと思う。さやかも、かずねちゃんも、わかなちゃんも、みんなそう思ってるわ。ね?」

 普段なら差し出された手を払い除けるであろう心春は、この時に限って突き放せなかった。菫は心春からの反応を待ち、同時に横目で紗耶香の様子を窺う。その紗耶香も言外には、理由もなく心春の思いを無視するつもりはないという意思が見えていた。

「……言いたいことは話したわ。今度は貴方の番よ」

 致命的なすれ違いが起きているはずなのに、これ以上何を語れば良いのか——開き直りでも諦めでもなく、別の言葉を求められて当惑した心春の脳裏には、問答無用で自らの大切な物を否定され、孤立した時の記憶が浮かび上がっていた。

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