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16輪①

 しばらく一人にしてくれと要求した心春が、翌日になれば来てくれるかもしれないと望みを掛けていた和音たち。しかしいざ迎えた同好会の活動に、心春は姿を見せなかった。

「来て、ないんですね」

「そうみたい……」

 和音が若菜と共に足を踏み入れたその日の第二音楽室に、先んじて待っていたのは菫と紗耶香だけ。四人はその後もしばらく待ったものの、出入口の扉がそれ以降開く兆しはなかった。

「……ひとまずは練習を始めるべきかしら」

 話を切り出した紗耶香の声には苛立ちが混じっていた。本人もそれを口にした後から自覚したのか、忍びなさそうに咳払いをした。

「そうね、さやかの言う通り。今日も頑張りましょっ」

 同意する菫も沈んだ雰囲気を柔らげるべく、意識して明るく振る舞った。

 そうして普段こなすメニューを一つ一つ進めようとする四人。しかし動揺ゆえに身が入らず、メンバーの気が散っては別のメンバーがフォローせざるを得ない事態となっていた。

「和音、先輩が柔軟終わりって」

「あ……うん。そ、そうだったね」

 筋力トレーニングに移らないままぼんやりしていた和音の肩を若菜が叩く傍らで、菫と紗耶香も間の抜けたやり取りをした。

「……この後は、ハモりの練習をして……それからパート練習と」

「ボイトレが抜けてない?」

「……そうだったわね、どうして忘れてたのかしら」

 そうして集中力を欠きながらも練習を続けていた四人だったが、全員が限界を感じるまでにそう時間はかからなかった。

 基礎を終えてパート練習が始まった後、メゾソプラノである心春を除いて二パートに分かれたうちアルトのほうからただならぬ圧のある声が響いた。

「……中篠さん。今のところ、さっきもずれてたわ。よく確認して」

「すっ、すいませんっ」

 神経質になって指摘する紗耶香に、若菜は思わず怖気づいていた。紗耶香もすぐ我に返ったが、後輩の表情を目にし、既に遅かったという自責が伸し掛かった。

「……いえ、ごめんなさい。私こそ」

 そんなアルトの様子を、ソプラノの二人も見逃すことはなかった。菫は一目散に駆け寄ると、二人を取り持つように穏やかな言葉をかけた。

「わかなちゃんもさやかも、きっと疲れてるのね。私たちもそうなの、ちょっと休憩にしましょうか?」

「……そうね」

 紗耶香の同意を確認し、四人はピアノの近くに固まった。菫はピアノの椅子を引いて座ろうとしたものの、そこには肝心の椅子がなく、大きく尻餅をついたのだった。

「いたた……私も、相当疲れちゃったのかしら」

 照れながらそれでも笑いを絶やさない菫。それに対し、三人もまた苦笑したが、その笑いはすぐに掻き消えていった。

 呆れることもなければ、注意を促すことも心配を示すこともない。全員がただ深刻な面持ちへと戻ってしまうこの現状が、同好会の異常事態であることをはっきりと物語っていた。


 そうして第二音楽室は沈黙に包まれていたが、大人しく待っている時間も惜しいとうずうずする姿が二つあった。二人が示し合わせもなく同時に扉へ向かうと、飛び出す間際になってその意図に気づき、制止する声が一つ。

「……橋留さん、中篠さん。どこに行くの」

 紗耶香に呼び止められて返答に困りつつも、和音は二人分の思いを口にした。

「だって、園内さんが心配ですし……それにもしこのまま戻ってこなかったら、ど、同好会はどうなっちゃうんですかっ」

 切実な表情で食い下がられては、心苦しく思わずにはいられない紗耶香。しかしそれでも、止むを得ないだろうと判断の上で答えた。

「……ただ当てもなく探すのは無謀よ」

「じゃ、じゃあ、あればいいですか? るいは部活とかないから、ひとまず聞いてみるのは」

 代わって提案したのは若菜。切羽詰まった上での思いつきの策ではあったが、心春と同じクラスですぐに連絡が取れる可能性がある人物となれば、否定される理由もない。全員の同意を得た後、若菜はるいに心春の行方を尋ねるべく、スマートフォンを取り出した。

 その傍らで和音は、不安そうに視線を落とす。すると菫が、言い聞かせるように語り始めた。

「同好会が心配なのは、私たちみんなが同じ。一年かかったけど、やっとやりたいことが出来るようになったこの場所を、失くすなんてことにはさせないわ。それにみんなのことだって、これからも大切にしたい。もちろん、こはるちゃんもそう」

 和音だけでなく若菜や紗耶香にも、そして自分自身にも言い聞かせ、平静を保てるように。そう考えていた菫は、後輩たちと対照的に楽観が過ぎると紗耶香から捉えられていた。

「……そんな話をしてる場合?」

「さやかが誤解されたらいやだもの。二人なら大丈夫だろうけど、それでもね」

「……いいわ、別にそんなことくらい……自分から望んだリーダーの立場を、ああして自分でいい加減に放り出すのは……認められて良い訳がない。例え事情があったとしても」

 そんな紗耶香が語ったのもまた、本音の一部分だった。

「それだけじゃないでしょ? こはるちゃんに言いすぎたんじゃないかって、謝りたいと思ってる」

「……私がそうなら、彼女にも謝ってもらいたいものね」

 誰かを傷つけたことに気づかないふりを続けるなんてできないくらい優しいのに、意地張っちゃって——菫は冗談めかしたくなるのを抑え、微笑んで口を噤む。他方で、そんなやり取りを見ていた和音と若菜にも、二人の思いが本心からのものであることは確かに伝わっていた。安堵した和音は、手を握り締めて気合を入れ直す。

「よ、よかったあ。あとはとにかく、園内さんを見つけないとね」

 それに若菜が肯定しようとした瞬間、スマートフォンはメッセージの受信を知らせた。画面をオンにすると、それは期待通りるいの返信だった。しかし——

『園内さんがどうかしたの? てっきり同好会に行ったと思ってたけど』

 話を聞くに、その日の心春は普段より言葉数が少なく静かだった程度で、異変と呼べる様子は見られないとのことだった。放課後、教室を出た後の足取りは結局掴めず、四人は手詰まりに陥ったのだった。

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