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2輪①

 入学式の翌日。合唱同好会の設立を目指している橋留和音は、放課後を迎えて荷物をまとめる最中、教室の外から呼ぶ声を聞き、扉のほうに目をやった。

「橋留さん、早くしてもらいたいですが」

「う、うん! ちょっと待ってて」

「時間はできるだけあったほうが良いんですから」

 和音を急かす声の主は、同じく合唱同好会の設立を目指す園内心春。言葉に反し落ち着いていつつも、どことなく圧を感じさせる雰囲気に、和音は少しちぢこまりながら支度を終え、隣の席の人物と共に教室を出る。

「そちらの方は?」

「ああ、よろしく。私は中篠若菜、色々あって手伝いをと思ってね」

 和音の横で自己紹介をした若菜は、心春へ軽く頭を下げた。

「お手伝い、とは? 入ってくれるなら歓迎しますが」

「いや……私自身は、部活とかはいいかなって。でも、なんか放っておけなくてさ」

「そうですか。私も改めて、園内心春です。お見知りおきを」

 心春は若菜に対して素気なく返事をし、先頭に立って廊下を歩いていく。その後を和音と若菜も追いかけ、三人で場所を移動し始めた。

「ちょ、ちょっとどこ行くの、園内さん?」

「どこって……勧誘ですけど。ここよりもっと人通りが多い場所がありますし」

「ま、待ってよ―っ」

 慌てている和音を尻目に、心春はあっけらかんと言ってのけた。曰く、別に二年生以上が入ってもいいだろうという目論見らしく、早々と階段を下へ降りていく。

 その間、心春はもう一つ注意点として二人に言い聞かせた。

「いいですか。今月中、二六日までにあと三人メンバ―が必要なんですからね」

「ええっ!? どうして……?」

「勧誘活動自体がその日までと決められているからです。同好会設立の申請はそれを過ぎても大丈夫ですが、あってないようなチャンスと思っておいたほうがいいですね。同好会について知ってもらう機会がほぼなくなるわけですから」

「三週間もないのに、その中で五人……」

 肩を落とし不安がる和音に、心春は発破をかけた。

「始まってもないのにそんな弱気でどうするんです。だいたい、生徒会長から聞いてなかったんですか?」

「あ……そ、それは……『合唱できるんだ、やるんだ』って思って、それで私、頭がいっぱいで」

 和音がしおらしく苦笑いをする様子に、心春は呆れ返った。

「はあ。大変そうですね――中篠さんも」

「え!? い、いや―、どうなんだろうな」

 心春が今度は若菜へと視線を移す。突拍子もなく話を振られた若菜は、戸惑いつつ言葉を濁した。


 一番前を歩いていた心春が足を止めたのは、一階にある購買の前。そこは通路に面しており、購買を利用するかどうかにかかわらず多くの生徒が通っていく場所だ。三人は壁際に荷物を置き、揃って声を上げた。

「私たちは、合唱同好会を作ろうとしています! 興味のある方はぜひ――」

 しかし、反響したのはほとんど一人分の声だけ。怪訝に思った心春は、左にいる二人を鋭い目付きで睨み付けた。

「二人とも、もっと声を張れないんです?」

「いや、なんか久々で、こういうの……ついむずがゆいなって」

「まあいいですが。橋留さんはそれと、もう少しはきはきできませんか」

「う、うん」

 合唱に興味のある方、ぜひお待ちしています――物怖じせず声を張り上げる心春に比べ、羞恥の消えない若菜と、言葉がつっかえがちな和音。それでも二回、三回、四回と繰り返し声を上げるが、通りすがった中に立ち止まる生徒はいなかった。三人に目を向け、勧誘を意味ありげに眺めていく生徒はたまに見られたが、合唱に関心を寄せている訳ではなかったようだ。

 人通りが一旦落ち着いた時、和音がぽつりと溢した。

「か、覚悟はしてたけど、そう簡単にはいないよね」

「さっきも言ったでしょう、今から弱気になるのは――」

「うんっ。が、がんばらなくちゃ」

 心春が言うより先に、和音は気合いを入れ直した。その姿を目にし、心春は何も言わずに前を向いた。三、四人、また通りがかった生徒たちに興味をもってもらえるよう、和音たちは声を揃えようとする。

「私たちは、合唱同好会を作ろうとしています! 興味があったらぜひどうぞ!」

 するとその中に、立ち止まって和音たちへ優しい眼差しを送る姿があった。生徒会長の外城葉月だ。和音が驚いてびくりと跳ね上がっても、葉月はその笑みを絶やすことなく三人の元に歩み寄る。

「早速やってるわね。興味あるって子、誰か来てないかしら」

「いえ……今のところは、誰も」

 心春が肩をすくめると、葉月は不思議そうに首を傾げた。

「あら、そう? 心当たりがいるのよ、話し忘れていたんだけど」

「入ってくれそうな人、ということですか!?」

「ええ。去年あなたたちと同じように、合唱同好会を作ろうとしていたの。私からも言っておこうかしら、後でその子に」

「ありがとうございます。お願いします」

 心春が頭を下げると、葉月は申し訳なさそうにした。

「ごめんね、私も行かないといけなくて……ああ、それと第二音楽室、ひとまず活動場所として使っていいことになったわ。それじゃ、頑張って」

 曰く、同好会が結成された暁には正式に活動の場となる旧校舎の部屋を、現在使われていないのもあり先回りする形で手配できたとのことだった。葉月はそれを伝えた後、若菜とも二言三言交わし、その場を離れていく。残された和音たちは、合唱同好会への加入を希望する生徒がいるはずだと聞かされたことで、更に一段と気持ちが高まっていた。


 次の日、放課後を迎えた和音たちは三人で第二音楽室で勧誘の準備をしていた。今日も頑張ろう、と呟く和音を、心春が鼓舞して言った。

「もっとたくさんの人に見てもらえるよう、今日はこれを持って勧誘しましょう」

 心春が意気揚々と鞄から取り出したのは、大きく「合唱同好会」の文字が書かれた立て札だ。

「これ、園内さんが?」

「興味をもってもらうためには、できる限りの手を尽くさないとですから。会長が言っていた人も、昨日は結局来なかったわけですし」

 その札と心春を交互に見て嬉しそうな顔をする和音に、そこはかとなく自慢気な様子を心春が窺わせていると、今度は若菜が鞄を開けて中から紙の束を出していた。

「私も作ってきたんだ、ほら。勧誘のチラシ」

「へえ……すてきっ」

 和音はわけられた分の紙束を若菜から受け取ると、まじまじと眺めて再び喜びの表情を浮かべる。それに対して、心春は疑問を抱かずにいられないようだった。勧誘場所への移動を促しつつ、若菜へと尋ねる。

「気になっていたんですが、どうしてそこまで熱心に手伝ってくれるんです?」

 同好会に入るつもりはないんですよね、そう念を押したげなのを堪えているらしい心春。それに答えようとして、若菜は小さく声にならない息を漏らした。一瞬のうちの、悲しげな響きだった。

「あ―……その、私も合唱好きでさ。聴くほうの話だけど、励まされて元気をもらったことがあるんだ。ちょっとしんどかった時」

 言い終わる頃には、普段通りのさっぱりした笑顔を見せていた。

「そうでしたか」

「あとは――ほっとけないのもあるかな」

 若菜は横の和音をちらりと見やる。気づいた和音は、少しショックを受けた顔になった。

「そっ、そこまでじゃないもん、私」

「ごめんごめん――というか、二人はどうなんだ? 合唱に興味を持ったりとか、部活にしようって思ってる理由」

 話が変わるや否や、即答したのは心春だった。

「私の好きなもの、理想や夢を伝える力があるからです」

「へえ……それはまた、詳しく聞きたくなるなあ」

「惜しいですが、話すと長くなるので。機会があれば」

 心春は凛とした言い方で語った後、次はあなたですよと言わんばかりに和音のほうを注目した。

「わ、私は……二人みたいなのって、ないんだ。実を言うと」

「……そうですか」

「でもね! 合唱は授業とか、合唱コンク―ルでやるでしょ? すごく楽しいなあって、自分の声で、みんなと調子を合わせて、音楽を聴かせられるっていうのが! だから――」

 話ながら少しずつ、和音の声量は大きくなっていく。その様子に、心春は思わず茶々を入れていた。

「橋留さん? そのくらい、勧誘でも出せないものですかね」

「えっ! ごっごめん」

 とは言え、すぐさま謝る和音だったが心春の口ぶりは非難ではなく、楽しげに、うんうんと頷いていた。

「納得したです、色々と。続きは早いうちにしたいですね。同好会を結成してから」

「うん、そうだねっ」

 そうして購買の前に着き、勧誘を始めようとした三人。そこへ、三人より背の高い、青黒い長髪の生徒が訪れていた。

「新入生……かわいいわねえ……」

「うわあっ!? な、何ですかっ」

 その言葉が聞こえたほうを振り返った心春は、驚いて尻餅をついた。穏やかならないト―ンで放たれた言葉の主は、心春から十数センチもないような間近まで近づいて、その様子を見つめていたのだ。


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