14輪①
発表会の本番を控え、合唱同好会の面々は日々練習を続けていった。
結成以来、多くの人々の前で合唱する初めての場なのもあり、和音と若菜は言うに及ばず、経験者の三人も同好会の活動中は相応の緊張感を抱えていた。
しかしそんな中でも、ピアノ伴奏を請け負ったるいの存在は五人にとって心強く、練習に集中できる状況が整った同好会メンバーは可能な限り練度を上げたのだった。その歌声に心春も、心春なりの言葉で太鼓判を押した。
「悪くないですね。皆さん、着実に仕上がってきています」
それから心春は、伴奏のるいにも感想を尋ねた。るいは戸惑いながらも、感嘆した様子で答える。
「私は素人ですけど……皆さん、とても素敵な歌声だと思います」
「るいちゃんのピアノも、とっても素敵だわ!」
そのるいをすかさず称賛したのは菫。率直な言い回しで持ち上げられるとは思っていなかったようで、分かりやすく顔を赤らめた。
「あ、ありがとうございます——まあ、強いて言うなら、譜めくりも経験者にやってほしかったけど」
るいは目を逸らし、すぐ側で立っていた人物を見遣った。その視線を受けた弥生は、あっけらかんと返事をする。
「なんだよー、私じゃ不満なの?」
「当たり前じゃない、簡単に見えるのかしら? 楽譜が読めてタイミングよくめくれる人がやることなのよ、本来は。私は暗譜してるから一応問題ないけど」
るいが溜息をついて肩を竦めても、弥生は相変わらずの調子だった。
「じゃあ、その大変なことをやってる私ってすごいんじゃない?」
「いや……そうじゃないだろ」
的を外した答えに、今度は若菜が思わず吹き出した。
練習が終わってしまえば、途端にマイペースな面が目立ち出す弥生。その様はとても楽しげだった。そんな弥生に呆れながら笑う若菜と、逐一然るべき返しをするのは既に諦めたるいも、表情と裏腹に本気で嫌がっている素振りは見られない。
それを目の当たりにしていた菫は、紗耶香を巻き込んで意気揚々と口にした。
「私たちも負けてないわよねっ」
「……ちょ、ちょっと。そういうのはいいから」
そんな明るい声に満ちた第二音楽室で、静かに溜息を漏らしたのは心春だった。
「気が緩んでないですかね、皆さん」
「リ、リラックスしてるんだよ」
答える和音の声は、酷く上擦っていた。それに思わず心春は吹き出し、前のめりに崩れ落ちた。
「緊張しすぎるのも考え物ですね……」
「し、仕方ないじゃんっ」
和音の緊張は、本番当日まで尾を引いていた。
「こ、こんにちはっ」
「こんにちは、かずねちゃん。そこまで硬くならなくても……きっと上手くいくわよ」
イベント会場に着いて合流した菫と紗耶香に心配され、菫に至っては顔を覗き込まれた和音。それに始まり、心春からも、若菜たち三人からも気にかけられていた。
「いざ当日になると、まあやっぱり緊張するよなあ」
その様子に若菜が共感し、励まし合っていると、心春は鞄からスマートフォンを取り出し、二人の目の前に突き出した。
「これでも見れば落ち着くんじゃないですか、少しは」
その画面に映っていたのは、Kreisでのやり取りだった。真ん中にあるメッセージは、菫が前日の晩に全員へと送った物。
『みんな、明日はついに本番ね。一生懸命練習したから、きっと大丈夫よ! 失敗しないことも大事だけど、楽しむこと、聴いてくれる人たちに楽しんでもらえること、それを何より考えるのも大事。私たちならきっと大丈夫、今できる精一杯を出し切りましょう!』
菫らしく明るい言葉ではあったが、紗耶香はそれに言いたいことがあったようで、横から口を出してきていた。
「……ああ、それ『きっと大丈夫』って二回言ってたのよね……慣れないことしようとするから、菫」
指摘された菫は珍しく慌てて、照れながら小声で呟いた。
「べ、別にいいじゃないっ。というか、なんで今見せるのこはるちゃん!」
「いつも無闇にべたべたしてくるお返しです」
「そうなの? じゃあ……私もまたお返しにぎゅーってしてあげるっ」
「どうしてそういう意味に受け取るんですか!」
衆目を気にせず騒ぎ出す二人を制止しながら、今度は紗耶香が和音を少しでも落ち着かせるべく言葉をかけた。
「……こういう場に来れば、誰でも多かれ少なかれプレッシャーを感じるものよ。菫にはああ言ったけど、私だって同じ」
「そ、そうなんですか?」
静かに聞く和音は疑問を浮かべていたが、隣で若菜も同じように頷いた。
「緊張度合いで言ったら、私が一番の自信あるよ。一番初心者だし、私が」
自分自身の緊張は言うまでもなく、若菜は同じパートである紗耶香の人となりを和音以上に知っているからこそ、それに改めて共感したのだった。そんな若菜が暗に示した意図は、ある程度伝わったらしく、和音は顔に手を当てて気合を入れ直した。
「——そっか。私も……落ち着けるかは分からないけど、れ、練習の成果がちゃんと出せたらいいな」




