13輪②
一通り仕事を教わると、ホールとキッチンに別れて仕事をするよう指示を受けた。まずは和音と若菜と心春がキッチンで、菫と紗耶香がホールという分担。
開店から十分程度が経つと、二人組の女性客が来店した。
「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか?」
客が頷くのを見て菫が柔らかな口調で「こちらのお席にどうぞ」と案内した。
それからじわじわと客足が伸びていき、厨房は慌ただしくなっていった。しかしながら、そうなった頃には菫から注文が伝えられると叔母がそれを作り、出来上がったものを紗耶香が運ぶという流れが出来上がっていて、店内の空気は穏やかであった。和音たちは基本的に洗い物をし、菫たちの手が回らなくなりそうだったらカバーに入るという形になった。
客足が一段落したのは一三時を過ぎた頃だった。
「時間経つのが速い……!」
「そうだな。慣れないことしてるから余計にそう感じるのかもな」
「みんなお疲れ様。この時間はお客さんがあんまり来ないから、一時間くらい休んでいいわよ」
「ありがとうございます、叔母さん」
五人は一礼してから奥の部屋へと移動した。
「キッチンから見てて思ったんですけど、宝条先輩の対応力凄いですね」
若菜の言葉に力強く頷く和音。
「そうかしら? そう言ってもらえると嬉しいわあ」
「この後はおそらく役割が交代になるですね。橋留さん大丈夫ですか?」
「うっ……。できるだけ頑張る……」
「そういえば、こはるちゃんはみんなのことを名字で呼ぶけど、何か理由でもあるの?」
菫の疑問に心春が首を傾げる。
「別に……。私のことをよく知っている中学の友人とは名前で呼び合っていましたが、橋留さんと中篠さんだって私のことを名字で呼んでいるですし、それと同じことかと」
「確かに……。若菜ちゃんは名前で呼んでいいって言ってくれたから呼べたけど……」
「それじゃあ、こはるちゃんって呼んでいる私は下の名前で呼んでいいわよ!」
「結構です。“宝条”先輩」
「残念……」
わかりやすく気落ちする菫だったが、開店前の剣幕が影もないことに安堵し、頬を緩めてもいた。
その後、各自で用意していた昼食を摂り、休憩時間は過ぎて行った。
「……そろそろ時間ね」
店に戻ると、役割の交代が告げられた。
三人で分担を決め、テーブルの後片付けに向かう和音。お盆にグラスやおしぼりを乗せた後、布巾でテーブルを拭いて立ち上がろうとすると、ウインドチャイムの音が耳に入った。反射的に顔を入口に向け、「いらっしゃいませ」と言おうとするが、お盆に乗せたグラスが倒れ、落下していく様に絶句した。次の瞬間、大きな音を立ててグラスは割れ、残っていた水が破片と共に床に散らばった。
「しっ、失礼しました!」
米つきバッタの如く頭を下げる和音。そして、慌てて破片を拾おうと手を伸ばし、後ろからその手を抑えられた。
「慌てる気持ちはわかるけど、素手は危ないだろ」
小声でそう告げたのは若菜。
「ごめんなさい……」
罪悪感と自己嫌悪が表情と心を曇らせていく。
「いいって、それより怪我はないか?」
「うん……」
「なら良かった。後は私がやるから、和音は一旦キッチンに戻って」
「うん……。若菜ちゃん、ありがとう」
返事の代わりに片手を挙げた若菜を尻目に、重い足取りで和音は歩く。
「かずねちゃん、大丈夫!?」
キッチンに戻ると、菫が真っ先に声をかけた。
「大丈夫です、すみません」
続いたのは菫の叔母。
「そんなに気にしなくていいわよ。私なんてこの前、五枚重ねたお皿を落として全部割っちゃったのよ」
あっけらかんとした語り口に和音が力なく笑う。
「……難しいかもしれないけど、今は気持ちを切り替えて――」
「可愛い顔が台無しよ。って言おうとしたのよねー」
「……違うから。暗い顔で接客するのは良くないから。って言おうとしたのよ」
「ふふっ……。皆さん、ありがとうございます」
先輩二人のやり取りに少しだけ元気を取り戻し、拳を握りしめ気合いを入れなおす。
「ほら、二番テーブルでお客様がお呼びよ」
菫に背中を押され、その熱を感じながら笑顔でテーブルへ向かう。
「お待たせしました。ご注文をお伺いします!」
「和音、もう大丈夫そうだな」
「ええ。これなら日当を減らされずに済みそうですね」
すれ違い様に言葉を交わす二人。若菜が我が子の成長のように欣然とする一方、火の粉が降りかからずに済んだと胸を撫で下ろす心春。
そして、トラブルなく閉店時間を迎えた一同。
「みんな、お疲れ様。初めてのことばかりで大変だったと思うけど、よく頑張ってくれたわ。少ないけど好きに使ってね」
日当を受け取り、バイトをさせてもらったことなども含めて全員で礼を言い、帰路についた。
「皆さん、今日はお疲れ様でした。イベントも近いですし、気持ちを引き締めてこれからの練習も頑張るです」
「そうだな」
「……頑張りましょう」
「ええ!」
「うん!」
オレンジの夕陽が長い影を作る中、初めて自分でお金を稼いだという少しばかりの興奮と、これからの活動や心強い助っ人への期待で五人の足取りは軽やかだった。




