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12輪①

 同好会に協力はできない——るいから直にそう伝えられるであろうことは、部屋の椅子にゆっくりともたれかかった若菜も概ね予想済みだった。

 嘗ては、演奏中に誰かが近寄ってきてもしばらく気づかないほど、夢中になってピアノを弾いているような子供だったるい。しかしたった一つの出来事が歯車を狂わせた結果、今の彼女は経験者であると公言するのも避けるようになってしまった。

 そうなっていった事情を知る幼馴染が、すぐ側には二人いた。その心を慮り、同好会が伴奏を探し始めて尚も巻き込んで良いものかと沈黙を貫いていた若菜に、現状を良しとせず、再び人前でもその優れた演奏を聴かせてほしいと感じ続けていた中で、この機会に乗じて行動を起こした弥生。一方で当のるいは、双方の意図を理解しながらも、自らの内心を汲み取ってくれると踏んで若菜にのみメッセージを送ったのだった。そしてその通り若菜もまた、同じようにるいや弥生の思惑を理解した。

 その上で若菜は、弥生の強引さに頭を抱えた。一方で瞼の裏には、初めて最後までるいの演奏を聴いた日の光景が浮かんでもいた。

「るいすごーい! おねえちゃんよりも上手いかも!」

「そ、そうなの?」

「うん、それくらいに思っちゃった!」

 るいがはっきり戸惑いを見せるほど、顔を間近まで近づけた弥生。その姿を横目に、若菜も今ならまずやらないであろう距離でるいを覗き込んでいた。

「なあ。るい、こんなにすてきなのに、どうしてこの間はきかせてくれなかったんだ?」

「あれは……ひいてたらわかなが急に部屋に入ってきたから」

 弥生の思いも言うに及ばず、初めて練習を見かけた時にその演奏を最後まで聴けなかった若菜の喜びはひとしおだった。るいが弾くピアノの音色を幼心に楽しんでいた思いは、今も疑いようがなかった。

「てれなくたっていいじゃん、るいー」

「う、うるさい!」

 弥生に茶化され、声を荒らげたるいだったが、当時の二人の思いも本物だった。

「そうだよ。もっと自信もっていいと思う」

「それとさ、るいとピアノのこともっと聞かせてよー!」

「わたしも聞いてみたいっ」

 若菜と弥生が根強く訴えたことで、最初は恥ずかしがっていたるいも徐々に態度を軟化させていき、やがてしばしばその演奏を聴かせてもらうまでになった。弥生と並び、ピアノを弾くるいの背中を誰より見てきたのが若菜だったのだ。

 そんな若菜にとっては、るいが手を貸してくれるなら百人力。それゆえに、協力を確約してもらえるなら喜ばしいのは事実だったが——。

「るいのためになるかなんて、周りが決められることじゃないよなあ……」

 協力してもらうなら、同好会の事情に拘わらずるい自らの意志による承諾が必要だろう。場の空気に流されただけの返事を、言質としては見做せない。今のるいに、このような機会を提示する意味は本当にあったのだろうか。

 答えを出せないままの若菜は、天井を見上げて小さく呻いた。


『せめて私以外の四人にも直接伝えてほしい。断るにしても、私から言うだけじゃ伝わらない』

 一夜明けて若菜が送信したメッセージは、その場凌ぎの域を出ない最低限の譲歩だった。他方で、るいが請け負えば伴奏を同好会にとって大きな力になるのは事実。事情を知らない人物の頼みなら心が動くかもしれない——そんな希望的観測の下、若菜は前もって四人にも、遠回しにるいの意思を伝えておいた。

 それを受けて同好会メンバーは、放課後に一度合流して1年C組へ向かった。るいは既に生徒もまばらな教室の、その一角に一人で残っていた。足音に反応して五人のほうを振り向いたその表情は、言うまでもなく苦々しげなものだった。それでも、若菜は腹を括って恐る恐る声をかけた。

「るい……伴奏のことなんだけど」

「言った通りよ。私には伴奏は無理、それだけ」

 端的な言い方で突き放されてしまい、返す言葉のない若菜。代わって今一度頼み込んだのは、和音と菫だった。

「お、お願いします! 私たち、ピアノができる人を探しててっ」

「どうしても、手伝ってほしいの。お願いできない?」

 しかし、るいの心は揺らがなかった。

「それじゃあ私、失礼します」

 そのままの調子で荷物を持って教室を足早に離れていくるいを、五人は立ち尽したまま目で追うのが精一杯だった。それからややあって、心春は静かに呟く。

「一度は受けると言ったのに、突然どうしたのでしょうか」

「……事情がありそうだけど、それが分からないとどうしようもないわね」

 続けて紗耶香も共に状況を整理しようとし、二人は若菜のほうへと視線を向けた。

 るいが過去の出来事を引き摺っているのは、若菜の目にも明らかだった。しかしそれを、本人不在の状況で話すのは違うだろうと考えてもいた。若菜は少し言葉を濁しながらも、同好会のメンバーに改めて問いかけた。

「あの様子だと、確実に引き受けてくれるとは言い切れない——それでも、改めて頼みますか?」

「私は、伴奏してほしい……若菜ちゃんも、やってくれたらって思ってるんだよねっ」

 若菜からるいに向けられた複雑な思いの核心を、和音は知ってか知らでか突いていた。それに対し、心春は落ち着いて言い放つ。

「来るかどうか分からない人のことを心配していても仕方ないです。私たちは私たちで今できることをやるべきです」

「あ、ああ……」

 そうずけずけと断言されては、若菜も返答に窮するよりなかった。しかし心春も、ただただ冷たく言い捨てる意図はないようだった。

「槇岡さんに関しては、ひとまず中篠さんたちに任せていいですか。二人は知っているんですよね、その事情とやらを」

「それは……もちろんだよ」

「なら、今はひとまず練習に移りましょう」

 懸念が払拭された訳ではないが、これ以上焦っても仕方ない。四人は心春の言葉に頷き、気持ちを切り替えた。

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