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11輪①

「まずいですね……。かくなる上は……」

 日付が変わる少し手前。ベッドの上でスマートフォンの画面をじっと見つめて心春は呟いた。


 ゴールデンウィークが明け、合宿以来の部活にどことなくそわそわした空気が漂う第二音楽室。

「若菜ちゃん、久しぶりの部活だね!」

「久しぶりって言っても、まだ二日しか経ってないけどな。まあ気持ちはわからなくもないな」

「私も久しぶりにこはるちゃんに会えて嬉しいわあ」

「……だから二日しか経ってないって言ってるでしょう」

「それはさておき、皆さんに相談があるですが」

 いつになく真剣な心春の表情に場が静まり返る。

「皆さん、バイトをしませんか?」

「……バイト?」

 予想外の言葉に紗耶香が尋ね返す。

「ええ。合唱は比較的お金のかからない活動だとは思うですが、同好会を創設したばかりで新しい楽譜を沢山買いましたし、そろそろ金銭的に辛くなっている時期なんじゃないかと思いまして」

「……私はそうでもない」

「全部で三千円くらいだったし、安いもんだよなー」

「あれ、皆さんそんなに困窮してない……? でもほら、これから大会やイベントに出るなら交通費もかかるですし、キーボードだってずっと先輩方からお借りしているのもまずいでしょうし!」

「……別に部に置きっぱなしでも気にしないけど」

 思うような反応が得られず、心春が焦りを見せる。すると、菫が紗耶香に何かを耳打ちした。

「……今後、楽譜を買うためにお金をためておくのは悪くないかもしれないわね」

 途端に紗耶香の態度が一変した。一体どんなことを言ったのだろうと疑問符を浮かべていると、同じように首を傾げる若菜と目が合い、あるいは若菜ならという和音の期待は儚く散った。

「せっかく皆で活動するんだものね、部の備品として道具を揃えていくのもいいんじゃないかしら?」

「あの、実は私もちょっとお金厳しくて……。楽譜だけじゃなくて、若菜ちゃんと園内さんと遊びに行って、お金使いすぎちゃったから」

「その言葉を待っていたです! 頑張って稼ぎましょう!」

 途端に声のトーンを上げ、勢いよく立ち上がる心春。その直後、ドアをノックする音が五人の耳に届いた。

「……開いてるですよ」

 勢いを削がれた心春の返事に続き、ドアが開かれ見慣れた人物が現れた。

「失礼するわ」

「外城会長! どうかしたんですか?」

 和音が無意識に背筋を伸ばしながらいち早く反応した。それに葉月は微笑みながら用件を述べ始める。

「今度ね、学校の近くのバラ園のオープニングセレモニーがあるの。それで、そこの野外音楽堂で発表会があるんだけど、あなたたちも参加してみない? 毎年吹奏楽部が出てて、今年も案内が生徒会に届いたからあなたたちに声をかけてみたの」

 葉月は心春に紙を何枚か手渡し、「考えておいてね」と言い残して部屋を出て行った。

「どうするですか、皆さん」

「やりたい! 初めてみんなと一緒に発表できる機会だから……」

「私もやりたい!」

 真っ先に手を挙げた和音にワンテンポ遅れて菫も声をあげる。その様子を若菜と紗耶香は微笑んで見ている。

「参加ということで良さそうですね」

 心春は数枚の紙の中から申し込み用紙を探し出すと、鞄から筆記用具を引っ張り出して記入を始めた。若菜はその様子を見ながら先程の葉月の話を反芻し、口を開く。

「吹奏楽部が毎年出てるってことは、先輩方も出られたんですか?」

「……ええ。去年出たけれど、悪くない場所よ」

「そうなんですね。もしかして、中学の時に和音も出たことあるのか?」

「あっ、そういえばバラ園だったかも。場所までははっきり覚えてなくて……」

「そっか。確かに私もバスケの大会の会場までは覚えてないな」

「それはともかく、本番まで一ヶ月ないですからみっちり練習するですよ」

「合宿の成果を見せる時ね!」

「急に不安になってきた……」

「大丈夫だよ若菜ちゃん!」

「……そうよ。最初に比べれば随分成長したもの」

「ありがとうございます。なんか照れくさいな」

 和音のみならず紗耶香にまで褒められ、頬を掻く若菜。

「ところで、発表会に出るなら伴奏者が欲しいところですが、どなたかあてはあるですか?」

 全員が渋い表情でお互いを見る。

「最悪、宝条先輩か一ノ瀬先輩にお願いするですが、できれば歌に集中していただきたいので、提出するまでにそれぞれで探しましょう」

 これには全員が返事をしたものの、探して見つかるものなのかという不安が声に乗っていた。

「歌う曲はどうするですか? まだ発表会まで三週間ほどあるので、せっかくなら私は新しい曲をやりたいです」

「私もいろんな曲を歌いたいから新しいのがいいな」

 和音が賛同すると三人も首肯した。

「一つ提案があるですが、『風の声を聴きながら』という曲はどうですか?」

 そう言って心春はスマートフォンを取り出し、音楽を再生した。

 ピアノの音が主体で、ゆったりとした調べでありつつポップさも併せ持つ曲に全員が聴き入っていた。

「素敵……」

「聴き入っちゃうな……」

「凄くいい曲ね!」

「……そうね」

「それでは、この曲は決定ということで」

 四人の反応を見て心春は喜んでいるものの、どこか感情を抑えているようで違和感を抱く和音。

「こはるちゃん、どうかしたの?」

 菫もまた同じことを感じたのか、心春にそう尋ねる。

「いえ、思ったよりすんなり決まったので、喜びと驚きが混じっているだけです」

 心春が少し焦っているように見えたものの、本人がそう言うならそうなんだろうと考え、和音が追及することはなかった。

「それより、もう一曲はどうするですか?」

「そうね、楽譜集から選ぶのはどうかしら? ちょうど今日持って来てるのよ」

「……あえて理由は聞かないけど、それが妥当ね」

 様々な曲の楽譜を見ながらそれを再生していくと、特定の曲で全員が感嘆の声を漏らした。『そのひとがうたうとき』という曲で、静かな部分と盛り上がる部分とのメリハリが印象的な曲調で、歌詞とメロディーが合わさり胸の奥が熱くなるのを和音は感じた。

「皆さんの反応を見ると、この曲が一番良さそうですね」

「そうね、じゃあ早速練習しましょう」

 菫の声に全員が頷いたところでまたしてもドアが開かれた。

「お邪魔しまーす! なるほど、ここが合唱同好会の活動場所かあ」

「弥生? どうしてこんなところに」

「若菜が教えてくれたんじゃん。ここでいつも活動してるって」

「いや、そうじゃなくて……」

 話が嚙み合わずに頭を抱える若菜。代わって心春が話しかける。

「外城さん、どうしてこんなところに。何かご用です?」

 弥生と心春が知り合いということにも疑問を抱く若菜だったが、すぐに合点がいったようで手を叩いた。

「ああ、そういえば二人は同じクラスだったな」

「そうだよ」

 脈絡のない若菜の言葉を即座に理解して相槌を打ち、一呼吸置いて彼女は続ける。

「園内さんが今日はなんだか浮かない顔してたから気になってて、それで来てみちゃった。あと、若菜の様子も見てみたくって」

「それは我が同好会に興味を持ったと解釈しても?」

「うーん。残念だけど違うね。でも、話を聞いた感じだと朗報かも?」

「本当ですか!?」

「弥生、ちょっと待ってくれ。話を聞いたってまさか――」

 焦る若菜を他所に、朗報という単語に目を輝かせる心春と笑顔を崩さない弥生。そしてその様子を見守る和音たち。

「ドアを開けるタイミングを窺ってたら聞こえちゃったんだー」

「まあ、聞かれて困る話でもないですし、いい知らせならぜひ聞いてみたいですね」

 若菜は二人の様子に頭痛を覚え始める。というのも、弥生が屈託のない笑みを見せる時は、良くも悪くも必ず周囲を掻き回す計画を立てているということを経験則で知っているからである。

「それで外城さん、朗報とは何ですか?」

「それはね……」

 弥生から耳打ちで説明を受ける心春の表情が、一段と輝きを増していく。それに反比例するように若菜の胸の内に暗雲が渦巻いていく。

「……外城って、もしかして……?」

 何かに思い至ったらしく紗耶香が呟いた。

「ああ、こちらは私のクラスメイトの――」

「私の幼馴染の弥生――」

「どうしたの? 二人とも被っちゃってるよ」

 心春と若菜が同時に説明しようとして声が重なったのをくすくす笑ったかと思えば、すかさず自己紹介を始めた。

「1-Cの外城弥生、バスケ部所属! 若菜とは小学校からの付き合いで、園内さんとはクラスメイト! あと、姉が生徒会長やってます! どうぞよろしくー」

 隣で元気よく挨拶をする幼馴染を若菜は複雑な心境で眺めていた。

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