10輪①
合唱同好会の合宿を終え、迎えたゴールデンウィーク最終日。
「あ、園内さん」
山形駅へと向かう電車に見知った人物が乗り込んで来るのを見つけ、和音が手を振りながら声をかける。心春は顔を上げ、スマートフォンから声の方へと視線を移す。
「おはようございます」
「おはよう!」
「おはよう、園内さん」
若菜と心春を誘い山形市方面へ遊びに来た和音。三人とも乗車駅は違うものの電車自体は同じであるため、こうして車内での合流となった。二両編成の電車はあまり混雑しておらず、駅で乗り降りする客もまばらだった。
一人で電車に乗って遊びに行く機会が少なく、せいぜい隣町のショッピングモールまでという和音は、若菜と会うまではいささか不安そうな表情を浮かべていた。若菜はあえてそれには触れず、心春が来るまで他愛のない話をした。
心春が席に座ると、まだ見慣れない二人の私服姿を興味津々に見つめながら和音が口を開いた。
「合宿のときから思ってたんだけど、若菜ちゃんって結構おしゃれさん?」
「えっ、そうなのかな」
「園内さんのも素敵な服だと思うけど、若菜ちゃんは細かいところに拘りがあるように見えるっていうか……」
肘近くに巻かれた黒いリストバンドを見ながら和音が言うと、若菜は照れくさそうにかぶりを振る。
「そんなことないって、普通普通。というか、それだったら先輩たちの方がもっとおしゃれだったと思うな」
「あー、分かるかも。とにかく、みんな服装に気を使ってるんだなあって」
二人がファッション談義に花を咲かせていると、思い出したように心春が口を挟む。
「私もそこまで気を配ってることはないです。ところで、今日はどうしてお誘いを?」
難しいことを訊ねられたという顔で、返事に窮する和音。
「えっ、うーん……。特に理由はないけどなあ」
「意外と煮え切らないですね」
「友だちと遊びに行くことに理由なんて考えたことなかったから。強いて言うなら、二人のことをもっと知りたい、とかかなあ」
「そうですか。それで、今日はどこに行くですか」
「……あっ」
和音は虚をつかれたような声をあげる。
「どうしたんだ?」
「今日の予定、何も決めてなかった……!」
「ええ……。いくら何でもそれはちょっと……」
「園内さん、ごめん……」
心春からの冷ややかな視線に耐え切れず、次第に和音が項垂れていく。
「大丈夫大丈夫。それなら、今から決めればいいだけだから」
「うう……。若菜ちゃん、ありがとう……」
顔をあげて若菜を見つめる和音の瞳は煌めいていた。
急遽開かれた行き先会議の結果、若菜と心春の提案により、二人が薦める場所に向かうことに決まった。
聞けば心春は一人で遠出することが多く、若菜もまた山形市には頻繁に遊びに来ているとのこと。いったいどんなところに連れて行ってくれるんだろうという期待の隅に、言い出しっぺなのに任せっきりにしている申し訳なさを打ち連れながら歩いていると、目的地は駅と繋がっている建物の中らしく、さほど時間がかからずに到着した。
「私のおすすめはここ! 可愛い物を多く扱っている雑貨屋さんなんだ」
和音は入ってすぐの棚にある品物に視線を落とす。彼女は好みに合うアクセサリーをいくつか見つけたものの――。
「九千円のリング……! ネックレスは一万円に一万二千円っ……!?」
予想外の金額に目を白黒させていると、若菜から説明が入る。
「ブランド物はそのくらいするよ。結構人気みたいだけど、私は似合わないっていうのもあるし、金額的にも流石に手は出さないなあ」
高額なのはブランド品であるからと知り、財布の中身を心配する必要がひとまずなくなった和音は胸を撫で下ろす。
「そういえば、シャーペンを新調しようと思ってたんでした。一応雑貨ですしどこかにありませんか、中篠さん」
「文具ゾーンなら左奥の三列だよ」
「ありがとうございます」
ブランド物に驚く和音をよそに、心春は文房具を見に行った。
若菜と二人であれこれ見てまわる和音は、品数の多さに感嘆の声を漏らした。ブランド物以外の手頃なアクセサリーもあれば、小物やぬいぐるみ、意外なところではパーティグッズのようなものまで。
「なあ和音、何か欲しいものある?」
「うーん……。どれもこれも可愛くて……」
「じゃあ、ちょっとついてきてくれるか?」
若菜に連れられて向かった先は、動物をあしらった商品が多い場所だった。
「すごーい、可愛い!」
「気に入る物があれば嬉しいんだけど」
キーホルダーや布製コースター、小ぶりのぬいぐるみも、全て犬や猫、熊などの動物がモチーフになっている。手を出しやすい金額ということもあり、和音はあちらこちらに目移りしている。
「どれも欲しくなっちゃうなあ……」
「ふふっ。あんまり買いすぎるなよ? まだまだ他のところにも行くんだし」
「う、うん……。でもやっぱり迷っちゃうなあ……」
どれを買うか決め兼ねていると、シンプルなデザインのシャーペンを握った心春が戻ってきた。
「お二人とも、ここにいたんですね」
「ああ。こっちに来たら和音がいろんなのに目移りしちゃって」
「え、えへへ……」
「なるほど」
「ねえ、よかったら二人から何かおすすめしてくれない?」
「え? せっかくだし和音が自分で選んだほうがいいんじゃないか?」
「友達と初めて来た場所だから、その人に選んでもらった物の方が思い出になるかなって」
「おすすめしたいのはやまやまですが、私にはそういうセンスがないです。中篠さん、お願いできますか」
「ま、まあいいけど。和音に似合うものか、動物で言うなら……」
そう呟いて若菜が目を向けたのは、手に乗るサイズの可愛い熊のぬいぐるみ。
「ありがとう! じゃあ私これにするね!」
「ほんとにいいのか?」
「うん!」
それを手に取り、三人でレジへと向かう。
選んでもらった物に満足しているのはもちろんのこと、その可愛いぬいぐるみが似合うと言われたのが嬉しくて、和音は笑顔を抑えきれないのだった。