表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

7輪①

 合宿初日。和音たち合唱同好会の面々は、三ヶ瀬高校の最寄り駅で待ち合わせをして、合宿を行う場所へ向かうことになっていた。

「こ、こんにちは……せ、先輩、すごく早いですね」

「……一応ね。でも、貴方も早いじゃない、橋留さん」

 最初に来ていた紗耶香に続いて和音が、その後電車で心春と若菜が到着した。二人は駅の改札を出てくると、和音たちに出迎えられた。

「合宿楽しみだね、若菜ちゃんっ」

 そわそわしている若菜は、和音に顔を覗き込まれると、少し複雑そうな表情で答える。

「そうだな……でも私は、音痴が本当に治るのかって不安もちょっと……」

「どんな練習になるんだろうね。でも、治るってはっきり言ってたしきっと大丈夫だよ」

「ああ、ありがとう」

 二人の穏やかなやり取りを、心春も静かに眺める。一方その横で、紗耶香は眉間に皺を寄せて明後日の方向を見ていた。

「ところで、宝条先輩は——」

 心春はそう言いかけたところで、紗耶香のただならぬ表情を目にし、言葉が止まってしまった。

 最後の一人である菫が来ない。そのことに、紗耶香は苛立ち半分不安半分で大人しく待とうと自身を落ち着かせていた。しかし予定の時刻を一〇分も過ぎた頃には、然しもの紗耶香も痺れを切らし、スマートフォンで電話をかけた。

「……もしもし。菫、今どこ? 何してるの? 何時か分かってる? ……はあ、そんなことだろうと思った。いいわ、私が連れていくから、菫はそのまま待ってて」

 通話を終え、呆れの混じった険しい表情をした紗耶香。ひっそりと溜息を吐きた後、三人のほうへ向き直って静かに告げた。

「……ついてきて。案内するわ」

 そうして紗耶香が先導する形で、一行は駅から住宅街のある方角へ歩き出した。

 通学路から外れるに従い、和音たちにとっても見慣れない道となっていく。しかし、どことなく浮つき出す後ろの三人に気を回すこともなく、ひたすら紗耶香は一番前を歩いていった。

 やがてその足が止まったのは、住宅街から更に少し外れた場所の、屋敷や豪邸と呼んでも過言ではない程には大きな家。一年生たち三人が呆気に取られているうちに、紗耶香が玄関にあるチャイムを鳴らす。するとややあってから、扉を開けて四人を出迎える姿が見えた。

「ようこそ! さ、入って入って〜」

 玄関まで走ってきたらしく、菫は息を切らし気味だったが、それでも普段通りの笑顔は健在のようだ。手招きし、四人を中へと上がらせた。

 今度はそんな菫に案内されながら、廊下を歩く同好会の五人。紗耶香は、本来一番早く来るべきであろう人物に呆れ返った顔で物申した。

「……全く、合宿したいって最初に言い出したのは菫なんだから」

「張り切って掃除してたら、いつの間にか時間になっててねえ。ごめんね、お迎えに行けなくて」

「……余裕もってしておきなさいよ、しておくなら」

 そのやり取りを一番後ろで目にした心春は、目を丸くしたまま尋ねていた。

「ここ、家なんですか」

「え? そうよ、私の家なの」

「お……お嬢様……」

 心春は呆然として口が半開きのまま、すぐ前の和音と若菜に目をやった。和音は同じように菫が住む家への驚きを見せていたが、若菜はそれどころでもなかったようだった。


 若菜はこの合宿に、和音や心春たち他のメンバーよりも大きな気負いを感じたまま参加していた。

 最たる要因の一つは、自身の音痴を矯正できるかどうかだったが、他にもこの合宿中に予定されたサプライズが、若菜の落ち着きを余計に失わせていたのだ。

「——それにしても、本当に大丈夫なんですよね? 合宿場所は」

「……ええ。私も心配だったけど、話は確かに通っているわよ」

「それもですが、遠慮せず合唱できるような環境を許可一つで使えるというのは……」

 前日の放課後、同好会の活動が終わった直後の第二音楽室で、五人が合宿の最終確認を行っている時。菫の家の一室を使うことについて心春と紗耶香が話し合う傍らで、当の菫は和音の様子を気にしていた。

「そういえばかずねちゃん、合宿の日程は大丈夫かしら」

「へ!? な、何のことでしょうかっ」

「日取りの話をしてから、ずっとそわそわしてるから……もしもうご予定があるなら今のうちよ」

「だ、大丈夫です、特には! ——わ、私ちょっとお手洗いにっ」

 いつにも増してどもりがちな和音は、決まりが悪そうにその場を離れていった。その光景に首を傾げながら、菫がスマートフォンの画面を眺めていると、何気なく目に入ったグループチャットアプリ・Kreisのプロフィール欄を見た途端、合点が行ったという風でその場にいた三人を呼んだのだった。

「ねえねえ! 五月四日、かずねちゃん誕生日なんですって! みんな一緒なんだし、その日パーティでもしない?」

 嬉しそうに画面を見せる菫と、それに関心を寄せる若菜。またもやその場の空気で決まってしまいそうな流れに、心春は釘を刺した。

「お祝いは問題ないですが、準備はどうするんです? 合宿なんですから、あんまり長い時間を取るのは難しいですよ」

「そこは……みんなで代わる代わる準備するとか!」

 顔を引きつらせながら提案する菫。流石に無茶だと自分自身でも理解していたようで、心春は溜息を吐いた。

「まあ、段取りは当日の朝にでも決めますか。どうせ今から準備したところで大差はないでしょうし……」

「ええっ。こはるちゃんはいいの、それで? 自分が祝われる側だったらって考えましょうよっ」

「そこまで考えてませんし、合宿だと何度も言ってます……そんなに言うなら先輩に段取りを任せたいくらいです」

「うーん、そうね。じゃあ私、頑張るわね! サプライズパーティ計画!」

 どこまでも前向きすぎる菫に、話し合いを放棄した心春。それと入れ替わるように反応したのは、パーティを成功させたい思いだけが朧げに先行していた若菜だった。

「えっ、別にわざわざ隠すまでしなくても……大丈夫なんですか」

「任せてっ」

 心春より話に乗り気だった若菜も、その向こう見ずぶりには唖然としていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ