才能
あれから1ヶ月、急に足腰がしっかりしてきて、歩くことができるようになり
話せるようにもなってきた。
ただ、今まで怠惰に生きてきたから、何をするべきかわからない。
前世では何が大切だったっけ。
知識、教養、身体能力などなど
まだ歩けるようになったくらいのよちよち赤ちゃんにはできることなんて限られている。
1歳と半年の子供に筋トレは酷だ。
だったらできることは勉強だ。
俺は家の中にある本を読み漁った。
言語は大切だ。
俺にとってこの異世界の言葉は第二言語だ。
第一言語は日本語だし、それは自然と習得できたが
第二言語、例えば英語を苦手とする人は多かった。
異国の言葉を習得しているというのが大きな技能とされていたように。
よっておれはこの世界の言語を完璧にすることを第一目標とした。
家の中にあった本はかなり多かった。だが子供が読む用の本はかなり少なかった。
リアンはあまり読書家という感じではないので、アンがかなり本を読むのだろう。
文字はほとんど読めないので、リアンに読み聞かせを頼んだのだがリアンは文字が読めないらしく、
アンが読み聞かせ担当となった。
夜アンが読み聞かせをしている間、メアリーとリアンがハッスルしている音が聞こえる。発情期というやつなのだろうか。アンが少しかわいそうだ。
そうこう考えてるうちに、ある程度の文字は読めるようになった。
日本語ほど複雑というわけではないらしく、かなり簡単だった。
先に話すことはある程度マスターしていたため、単語を覚えるだけで済んだ。
まだ体が若いからなのか、かなり物覚えが早い。もしかして俺って天才に生まれちゃった?
文字が理解できるようになれば、本は格段に面白くなった。
勉強はずっと嫌いだったが、よくよく考えてみればアニメの設定を覚えているのとほとんど同じである。
アニメオタクだった俺からすれば面白くないわけがない。
子供が読める本が数冊しかなかったので、読み聞かせの習慣はすぐに終わってしまった。
だが俺の中身は35歳のおっさんだ。子供に読めないような難しい本だって読める。
俺がこれまでに読んだ本は下記の4つだ。
・世界の旅
世界各国の名前やその国の常識などが乗っていた。要は世界地図の細かいverだ。
・魔物の生態
この世界の魔物種類や特徴、対処法。
・剣と魔法
剣の大まかな型や魔術基礎知識などが乗っている教科書。
・三英神と国
3宗派の違う神がぶつかり合い、その影響で大陸が3つに割れそれぞれが国を作るという神話。
最後の一つは置いておいて上の3つはかなり役に立った。
特にこの剣と魔法の本はかなり面白かった。
剣術はともかく、魔術のない世界から来た俺に実に興味深いものだった。
読み勧めていくうちに、この世界の魔術に関する基礎的なことが分かった。
1 まず魔術は1つの種類しか無いらしい。
魔術には適正があり、それは5歳になったときに手首に紋章として現れ、そこでやっと分かるそうだ。
そしてその紋章が表す魔術しか使用することができないらしい。
水魔術の紋章が出れば、水魔術以外の魔術は使用できず
治癒魔術の紋章が出れば、治癒魔術以外の魔術は使用できないらしい。
なんとも面倒くさい。俺だけ特殊なの出るとかないかな?
2 魔術には魔力が必要らしい。
まあこれは大方予想通りだ。
だが、魔力が無い状態で生まれてくる子供もいるらしく、
そういう子は紋章が出ても魔術が使えないらしい。
魔力があるかどうかは生まれた瞬間にわかるものらしく、アンいわく俺は魔力があるらしい。
とりあえず落ちこぼれにはならないで済むらしい。
魔力を使う方法は3つ
自身の体内の魔力を使う方法
周囲から魔力を吸い取る方法
マナタイトなどの魔力結晶から吸い出す方法
うまく言い換えられないが、前者1つは自家発電
後者2つはコンセントからの供給やモバイルバッテリーからの供給と考えるのがいいだろう。
ちなみに体内の魔力を使うのは誰でもできるが、
周囲から魔力を吸い取るのは熟練の魔術師でも難しいらしい。
植物などにも魔力は流れているが、その魔力を吸い取るには植物に流れる魔力の流れを正確に理解し操らなければならないらしく、エルフ族などの長命種にしかできない芸当らしい。だから俺は無理だ。
また、マナタイトはかなり高く、一般人は購入するのが難しいらしい。
それこそ生涯賃金並らしい。それは流石に無理だ。
3 魔術の発動方法は3つあるらしい。
詠唱
無詠唱
魔法陣
詠唱が一般的な魔術師が使うものらしい。
無詠唱は長く生きて魔術の研鑽を積んだものにしか扱えないらしい。
つまり人族や獣族には無理だ。
難しい技術は長命種の特権と考えてもらっていいだろう。
魔法陣も一応存在するが、魔法陣を描ける人がほとんどいないらしく、失われた技術らしい。
昔の詠唱は長く時間がかかっていたらしいが、有名な魔術師が発見した方法によって詠唱が短くなり
今では簡単な魔法は二言三言の詠唱で済むらしい。もちろん難しい魔術の詠唱は長いままらしいが..。
4 魔力量が成長する人「も」いる。
魔力量は俺が思っていた仕様ではないらしい。
俺がよくやっていたゲームではMPは成長すれば上がっていたのだが...。
だが、魔力量が年を取るに連れて成長する人もいるにはいるらしく、そういう人はもれなく大魔術師と言われるレベルになるらしい。これだ、俺の魔力量も成長してくれればいいな。
この本には魔力量はある遺伝すると書いてある。
この前ゴブリンにかなり苦戦していたし、あまり期待はしていない。
だが俺は転生者だ、なにかの間違いで俺だけ突然変異を起こすかもしれない。
少しくらいは期待してもいいでしょ?
一応この本に詠唱が書いてあるから試してみようかな。
まだ5歳には全く届いていないし、紋章も出てないからこの本の通りなら魔術は使えない。
でも口に出してみるのはいいでしょ?
待てないよ普通に。
一年ちょっと我慢しただけでも褒めてほしいね。
「えっと、一番簡単なやつは...この風魔術かな..?」
俺はこの本片手に魔力をひねり出すようなイメージをして詠唱を唱える。
「風神よ、我に風の加護をもたらせ!ウィンドブレス!」
手のひらがじわりと熱くなる感触があった。
その熱が手のひらから漏れ出ていく感覚とともに、「ふわぁ〜」と音を立てて確かに風が出た。
「うわぁ!」
まさか本当に魔法が出るとは思っても見なかったのでびっくりして背中から後ろに倒れた。
ドタドタと階段を登ってくる音が聞こえる。
まずい、アンが上がってきた。多分大きな声を出したからだろう。
「どうしたのケイン!?なにかあったの!?」
まずい、この年で魔法が使えることがバレれば異端者として迫害されるかもしれない。
なんて返そう、こっちの世界では簡単には死にたくない。とりあえず謝ろう。許してくれるさ。流石に。
「ごめんなさい...」
上目遣いでできるだけ可愛く謝った。どうだ、頼む!まだ死にたくないんだ!
「なにがあったの..?あ..魔術の本のここ..読んじゃった..?」
びっくり拍子に落とした魔術本を拾い、開いていたページを見ながら少し怖い顔で言ってきた。
あ、これやばいやつだ。
「ごめんなさい..口に出して読んでたら..」
「あなた〜!ちょっと来て!この子天才だわ!!」
俺が話している途中でアンは急に俺を持ち上げてニコニコしながらリアンを呼んだ。
ドタドタと急ぎ足で階段を登る音が聞こえてくる。
そうこうしているうちにすぐに部屋のドアが開いた。
「なんだ?なんかあったのか?」
リアンは少し慌てた様子で俺とアンの方に目を向けた。
「この子、もう魔法が使えるらしいのよ!!」
アンが目を輝かせながらリアンに言い出した。
「ど、どういうことだ?魔法は五歳からじゃ..」
リアンはうろたえている。やっぱりそんな子供はいないのかもしれない。
俺だけの特殊体質的な!?ワクワクしてきたじゃん!
「とりあえずメアリー連れて来るわ、あのバカならなんか知ってんだろ」
リアンはドタドタと音を立てながら階段を降りていった。
なぜメアリーなのかは知らないが、まあいいか。
俺は特殊体質というのにワクワクして何も考えられない。
すぐにメアリーを連れてきたリアンは事情を説明した。
いろいろ話を聞いているとメアリーの素性が分かってきた。
なんでも魔術師として優秀で、国外の魔法大学を卒業しているらしい。
「私の通っていた学校にもそういう類の人間はいたな。
まあ特別というわけでもないだろう。そういう子もいるにはいるからな」
なんだよ、特別じゃないのかよ。
少しがっかりしていると、メアリーは俺を持ち上げて
「まあそんなに落ち込むな、お前は強くなるぞ、勘だがな」
と言ってくれた。お世辞かどうかはわからないが、そういうことを言う性格でもないだろう。
素直に受け取っておくとしよう。
---
あれから3ヶ月が立ち、俺は二歳となった。
あの事件以来、メアリーが俺によく魔術を教えてくれるようになった。毎日家に来て、ほぼ家庭教師だ。
意外とセンスがあると思っているのかもしれない。
メアリーは正直脳筋だ。教え方もあまりうまくない。感覚派というべきだろうか。
だが、魔術の出力はかなり成長していると思える。
最初は髪が靡く程度の風魔術しか出せなかったが、今は草程度なら刈れるレベルの出力になってきた。
メアリーのおかげと言ってもいいだろう。
他の魔術も試しては見たが、あまり芳しくない。風魔術以外はいかんせん使えない。
それをメアリーに相談したのだが...
「2つ以上魔術が使える者はかなり少ない。お前は2歳で魔術が使えるのだ。十分だろう?」
と、言われてしまった。神様、異世界から来たのにその仕打ちはなくない?
このくらいならできる人多いらしいし..
と、いろいろ考えていたら、メアリーが馬鹿ごとを言い出した。
「お前は魔術ができるんだし、
今度一緒に森に入らないか?お前にとってもいいトレーニングになると思うぞ?」
は?こいつは馬鹿なのか?俺まだ2歳だぞ。数字数えられないの?
「さすがにまだ僕には早いんじゃないですかね..?母様たちにも相談してみないとなんとも..」
とやんわり断ろうとしてもメアリーは一歩も引かなかった。
「私もお前くらいの年に魔術が使えてな。それでよく森に入ったものだ。このあたりの魔物は強くない。大丈夫だ!心配するな!リアンとメアリーにも後で伝えといてやろう!」
「それと、お前は才能がある。潰すのはもったいない。お前は特別だぞ?」
そんなことを言われると行きたくなってしまう。
特別なんて、俺が一番欲していた言葉だ。今まで誰にも言われたことはなかった。
だが、俺は外が怖いのだ。
あのとき見た巨大なゴブリンがすこぶる怖い。死にたくないという気持ちが先行し、足がすくんでしまう。
だからそれをちゃんと打ち明けることにした。そしたらメアリーも分かってくれるだろう。
「あのですね..行きたいのはやまやまなのですが、
少し前に見たあの大きなゴブリンが怖くて、庭以外には出たくないんです..」
上目遣いでかわいく言ってやった。これはイチコロだろう。
「ん?そんなの心配ないぞ。私もついていくし。
てか、お前あんなのが怖かったのか。意外と可愛いところもあるんだな」
やっぱり馬鹿だった。メアリーがついてくるとかそういう問題じゃなくって!!
なんて言い返そうか迷っていると、メアリーは家の中に入っていってしまった。
メアリーの跡をついていくように家に入ると
メアリーとリアンが話をしており
「おいケイン、森に行きたいんだってな?メアリーといっしょに行くんだったら、一緒に行ってもいいぞ」
やっぱりそうなったか。だが、なぜ俺が行きたいことになっている..?
そう思いメアリーの方を見ると、俺に親指を立ててグットポーズをしていた。
メアリーはめちゃめちゃ空回りするタイプだった。
ともかく、断れるような空気ではなさそうだ。
だったらやれることはやってみようと思う。メアリーもいるし死ぬようなことも無いだろう。
「メアリーさん、いつ頃出発予定ですかね..?」
一応聞いてみたが、おおかた1週間後くらいだろう。
いろいろ準備もあるし、俺の外へ出る決意も固めたいしな。
「?明日出るぞ?言わなかったか?」
は?言ってねえだろ!ぶっ飛ばすぞこの獣族!
俺は明日、齢二歳にして、魔物の潜む森に入ることになった。
なんで?




