表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

転生したら、オカンも転生していたのだが 後編

 驚いて振り返ると、そこに立っていたのはあの垂らし前髪のイザムだった。



 なんでイザムがここに?


 それより俺を呼んだ者は誰だ?


 俺の後ろにはイザムの他に人影はない。



史彦(ふみひこ)、俺だ。父さんだよ…。」



 イザムがそう俺に声をかける。



「…。」



 感極まった表情で俺を見つめるイザムと見つめ合いながら、俺は頭が真っ白になった。



 え?

 なになに?

 どういう事?

 ん?イザムがオヤジだったの?


 いやいや、外見も全然違うけど、中身も全然違うじゃん!?



 あの、オカンの尻に敷かれ続けた座布団のように、キャラも存在も、そして髪の毛も薄々だったあのオヤジが…。



 ヒャハハハハとか言って、女をはべらしていたあのイザムだった…?



 ダメだ…。

 感情が追いつかん…。



 頭がショートし、呆然となっている俺にイザム(オトン)は近づき、熱く抱擁してきた。



「お前が息子とは全く気づかず…。この前の入学試験では危うくお前を殺す所だったよ…。本当にすまん…。」



 確かに試合中死ねえええええ!とか言ってたけど…。弱すぎるからその可能性は全くなかったとも言えず、とりあえずこれまでの経緯をオヤジに聞いてみた。



 やはりオヤジも俺とは別の戦場で兵士に転生していたらしい。


 転生先のイザムという男も、腕に彫られた刺青から盗賊出身ということと、軍の名簿から名前とはるか遠い場所にある出身地はわかったが、それ以上の情報はほとんどないということだった。


 まあ、この時代はそんな人間ばかりだから、ティナみたいな人間の方が珍しいのだろう。



「それで、常人とはかけ離れた魔力を持っていた俺は、色々と調子に乗ってしまったわけだ…。」



 オヤジは垂らし前髪の先を気まずそうに指でいじりながら、ポツリとそう言った。



「確かに…あ、そうだ!オカンもこの世界に転生してるんだよ!俺たちと同じ学校の…。」



「ああ、実は俺も今日気づいた。入学式で学校に向かう途中でな。道端に捨ててあった麻の袋をまだ使えるやーんと言いながら、うれしそうに拾っている女がいてな…。すぐに気づいたよ。その後、お前と母さんの再開シーンを遠くで見ていたというわけだ。」



「なんでその時に声をかけないんだよ!オカンにも知らせてやらないと…。」



「待て!」



 そう言ってイザム(オトン)は俺の肩をがっしりと掴んだ。



「転生したとはいえ、俺はこの異世界で、大学デビューならぬ、転生デビューを果たし、遊びまくってしまった…。この世界、魔力が強いってだけでやたらモテるんだよ…髪の毛もフサフサだし。仕方ないだろ…。そして、そんな女好きイザムが実は父さんだと母さんが知ったら、どうなると思う?冷静になって考えてみろ…。」



「…殺されるな。」



 そうだった。前に一度、オヤジの背広のポケットからキャバクラ嬢の名刺が出てきた時、オヤジはオカンにキレイにワンツーを決められて、鼻血を出していた…。


 オカンは転生前からすでに戦闘民族だった事を忘れていたようだ…。



「俺は母さんに正体がバレないよう全力を尽くすつもりだ。史彦も、協力してくれるな?」



「…。でも…。」



 確かに、カミングアウトは今日明日では難しいかもしれないけど…。


 オヤジ、ずっとそうするつもりなのか…。



「心配するな。父さんもお前たちが一緒に転生しているとわかった以上、心を入れ替えるつもりだ。その上で様子を見て、母さんにちゃんと謝り、許してもらう。」



「…わかったよ。」



 そう返事をした俺は、空を見上げながら、心の中でつぶやいた。



 神様、オカンとオヤジまで一緒に転生させるのは、やめて欲しかったです…。



  ◆◆◆◆◆◆◆


 それから一年。



 俺は学校での厳しい訓練生活に耐え続けていた。


 もともとこの学校の訓練期間は3年だったのだが、魔王軍との戦いで人手が足りず、学校が3年で教える事をわずか1年に短縮したのだ。


 

 そのため訓練は超過密で休みもなく、怪我人など脱落者も後を絶たない。



 こんな事をしていては人手不足も解消できず、本末転倒なのでは?と思いながらも俺とティナは持ち前の魔力にも助けられ、訓練生の中でも群を抜く存在となっていた。



 イザム(オヤジ)も周囲から女の気配が消え、訓練にも真剣に取り組み始め、今では俺やティナとほとんど実力が変わらなくなっていた。



 しかし、オヤジはいまだにオカンに対して自分の正体を告げてはいなかった。



 毎日の訓練が本当に過酷で、その余裕もなかったというのもあるが、ティナ(オカン)イザム(オヤジ)を毛嫌いしているのも大きい。


女好きという印象を持たれてしまったイザムは、その印象をなかなか払拭できず、会話すらまともにしてもらえない状態だったのだ。


 一度ついた悪い印象を覆すのは、容易なことではない…。


 俺はオヤジを見て、人生で大事な事を一つ学んだのである…。



 そんな、学校ももうすぐ卒業という頃、俺とティナとイザムの3人は国王から突然、魔王討伐の勅命を受けた。



 魔王軍に押しに押されて、ついにヴァリス王国一国のみとなってしまった人間は、一発逆転の可能性に賭け、少数精鋭を送り込み、親玉である魔王の首を取るという作戦に出たのである。



 学校が多くの脱落者を出しても気にしなかったのは、そういう事だったのか。



 相当強いと言われる魔王を倒すには、こちらもかなりの強者を育てなければならない。


 そのため、脱落者を出してでも過酷な訓練で精鋭を鍛えなければならなかったのだ。



 オカンは息子を危険に晒したくないと嘆いていたが、王の命令に背けるはずもない。



 俺自身もかなり危険な命令だとは思ったが、この世界を救うためにはこの方法しか無い事もわかっていた。



 魔王を倒し、この世界に平和を取り戻す。



 そして、オカンとオヤジには前の世界のように仲良く暮らしてもらう。


前世でも、2人は夫婦だったのだ。


 再び同じ世界に転生したのだから、再び夫婦になるのが当たり前なのだ。



 そんな俺の安易な考えは、他ならぬオカンによって打ち砕かれる事になった…。



 

「いよいよやな…。」



 禍々しくそびえ立つ魔王城を眺めながら、ティナがそうつぶやいた。



 ここは魔王城に程近いまやかしの森。



 ヴァリス王国軍は魔王軍に大掛かりな突撃を仕掛け、そちらに注意を向けさせた後、俺たち3人は隠密作戦でなんとかここまでたどり着いたのだった。



 そこまでの道のりで魔物との遭遇はあるにはあったが、俺たち3人は思ったよりかなり高度な連携を発揮して、魔物たちを倒していった。


 俺の風魔法で本人や魔法のスピードをアップさせた後、オカンのアイスバレットで雑魚を狩り、オヤジのファイアソードで強敵を薙ぎ払う。


オカンが地面から瞬時に作り出すアイスシールドも、敵の攻撃を防ぐには非常に便利だった。


 俺が2人の補助をしながら、オカンがシールド役兼サブアタッカー、オヤジがメインアタッカーという編成だ。



 バランスの取れた編成で突然襲ってきた魔王の幹部までも倒した俺たちは、実戦での経験と自信も深めていったのである。

 

「イザム、あんたの事もそろそろ見直さなあかんな。最初はただのスケベェやと思ってたけど、なかなか骨のある男やないか。」



「ウ、うむ、そうか?」



 オカンにバレたく無いあまりに、超無口になってしまったイザムは、少し照れくさそうにそう返した。



 ようやくイザムに対するオカンの印象も良くなってきたようだ。


 これは、良いタイミングなんじゃ…。俺はそっとイザムの身体を肘でつついた。



「ティナ…あ、あのな…」



「実は、戦いの前に聞いてほしいことがあるんよ。」



 ああもう…。オヤジが勇気を出して口火を切ろうとしたのに…。なんだよオカン。



「私な…、実は、結婚すんねん…。」



「「え?」」



 俺とイザムは、ポカンとした顔でティナを見つめた。



 結婚?



「あたし、実はええとこのお嬢なん、知ってるやろ?私が転生する前から婚約者、みたいなんがおってな。まだ数回会っただけなんやけど…。この戦いが終わったら、結婚すんねん。」



「…そ、そうか。おめでとう、ティナ。」



 イザムはそう言って祝福したが、動揺を隠しきれていない様子だ。



「婚約って…。オヤジはどうすんだよ!」



 俺は思わず立ち上がりそう言った。



「史彦…。私たちのことは誰にも言ってなかったのに…。イザム、今まで内緒にしてたけど、私たちは転生者で、前世は親子だったのよ…。」



「ええ、そ、そうなんだあ。」



 イザム…。演技が下手すぎるだろ…。しかし、今はそれどころじゃない。



「オヤジを…捨てるのか。」



「…。」



 俺の言葉にオカンは悲しそうに目を伏せた。



「…史くん。私たちは生まれ変わって、別の人の人生を生きてるねん…。ティナは両親にすごく愛されてる。ティナの両親を悲しませたくないねん…。」



「でも…。」



 オヤジはいるんだぜ…。すぐそばに…。


「事情はわかったよ。」



 しばらくの沈黙の後にイザムはそう言った。



「俺はティナを祝福するよ。ティナが選んだ道だ。アベル、おまえもわかってやれ…。」



 そう俺に言うイザムの表情は、全く読み取れない。



 なんだよそれ…。全然わかんねえよ。俺たち、ずっと家族じゃないのか…。



「ごめんな、大事な戦いの前にする話じゃないよな…。ホンマ、ちょっとテンパってもうてるわ…。もうメチャクチャやで…。アハハハハ…。」



 ティナの取り繕うような乾いた笑い声は、うっそうと茂った夜の森に、静かに吸い込まれていった。





「フハハハハ!人間ども!!我に勝とうなど、100年早いわ!」



 魔王はこれでもかと言うくらいベタなセリフを吐きながら、俺たちを迎え撃った。



 慢心なのか余裕なのか、魔王城には強い魔物はほとんどおらず、魔王の間に殴り込むまでには怯える召使らしき者しかいなかった。



 魔王の間はかなり広く、ドス黒い瘴気があたりに漂っている。



 魔王との戦いは熾烈を極めた。



 昨日、あんな告白を聞いた後だったが、俺たちは皆ペースを乱すことなく連携をとりながら魔王との戦いを進めていった。



 オカンとオヤジの事はまだ間に合う。そう俺は考えていた。


 魔王を倒した後、俺の方からイザムがオヤジであることをオカンにバラしてやる。



オヤジがこの世界ににいるとわかれば、オカンも婚約を解消するだろう。



 それで全て解決だ。もっと早くにそうすれば良かったのだ。そして俺たちは、再び家族に戻るのだ。



 まずは、コイツをさっさと倒さなければ。

 

 しかし、魔王は強かった。



 特に魔王の操る闇魔法はやっかいで、暗闇から鋭いトゲのようなものが突然伸びてきて襲ってくるのだ。


 オカンがアイスシールドで防いだり、魔力を感知した瞬間に間一髪で避けるかで対応するしかないのだが、かなり神経を消耗してしまう。



 ジリ貧の状態がしばらく続く。



 しかし、少しずつ魔王の攻撃のクセや、パターンを読めてきた俺たちは、徐々に攻撃に転じていった。



 俺に加速の風魔法を受けたイザムのファイヤソードが、ついに魔王の腹部を横に薙いだ。



「ぐむっ…。」



「少し浅いか…。」



 後ろに飛び、魔王との距離を取りながらイザムがつぶやいた。



「人間ども、人間どもおおおおおお!!」



 魔王は絶叫し、禍々しい指輪をたくさん付けた左手を頭上に突き上げた。


こちらに向けた手のひらに、魔力が集中していく…。



「大技が来るぞ。気をつけろ!」



「デーモンズスピア!」



 左手を下ろしながら、そう叫んだ。その先には、ティナがいた…。



 アイスシールドにより魔王の攻撃の大半を防いでいたティナをまずは片付けるつもりのようだ。



「ティナ、そいつは魔法では防げん。避けろ!」



 イザムがティナに向かって叫んだが、ティナは目もうつろで、立っているのがやっとの状態だった。


 魔力を消費し過ぎて、極度の酩酊状態に陥りかけているようだ。



「チィッ」



 イザムはまだ残っていた加速の力を一気に放出し、飛ぶようにティナへと向かって行った。



 闇より深い、黒く鋭い槍がティナに迫る…。



 グサッ


「ああ…。」



 俺のうめき声ともつかぬ嗚咽が、まるで他人の声のように耳に届いた。



 イザムはティナの目の前で仁王立ちし、その胸には、黒い槍が突き刺さっていた。



「うおおおおおおおおあああああ!!」



 俺は怒りのあまり、一瞬頭が白くなると、魔王めがけて突っ込んでいた。



 俺の突き出した左手の先で、魔王は2つになっていた。


 風魔法 かまいたち


 風の圧力で空気を極限まで圧縮し、それを鋭く解放する事で風の刃を作り出し、物体を切り裂く魔法だ。この世界で、偶然俺が編み出した魔法である。


 魔王の胸から上は地面に落ち、しばらくすると、魔王の身体は黒いチリとなって消えていった。


 魔力の全てを絞り出した俺は突然気分が悪くなり、その場にうずくまった。


「ギャンブルしやがって。その魔法は確実に追い込んでから使うっていう作戦だっただろ…。」



 ティナに解放されながら、イザムがそう言った。横たわったイザムの周りには、血の円がみるみる広がっている。



「もうしゃべるなって…。」



「どうしよう…私をかばって…。」



 泣きじゃくるティナにイザムは首を振った。



「…ティナが死んだら、婚約者に顔負け出来ない…からな…。」



「イザム…。」



 イザムの顔に、ポタポタとティナの涙が流れ落ちる。



「アベル…ティナを…頼んだぞ…。」



 そう言うと、イザムの頭はガクリと横に倒れ、動かなくなった。



 ウ、ウソだろ…。オ、オヤジが…死んだ…。



「ああああああ!!」



 ティナの子供にように泣きじゃくる声が、魔王の間に響き渡った。



「オカン、実はイザムは俺たちの…。」



 流れる涙を止めることもせず、俺がそう言いかけたその時である。




 陰鬱な雰囲気だった魔王の間に、突然天からまばゆい光が降り注いだ。


 付近に満ちていた瘴気が、その神々しい光によって浄化されていく。 



 強烈な光に目が眩み、顔に手をかざしながら上空を見上げると、真っ白でふんわりとした衣をまとった美しい女性が浮かんでいたのだ。



「人間よ…。お役目お疲れ様でした。」



 人間よ?そして、この神々しい感じからすると…。


 それに、よく見るとサイズ感がおかしいぞ。浮かんでいるからわかりにくいが、女神はとても大きく見える。顔だけで俺の上半身分くらいありそうな…。



「あら?覚えていませんか?私はこの世界の神。あなたをこちらの世界に呼んだのも私です。」



 俺は、この女性に会った覚えは全くなかった。



「あーら、私とした事が。そうでした。人は、神の記憶を脳に保存できないのを忘れておりましたわ。神の情報量が莫大すぎて、人間の(メモリー)には入りきらないのを忘れておりました。オホホホホ。」



「俺は以前、あなたに会った事があると?」



「そうです。この世界に転生する前にあなたに会い、そしてお願いをしたのです。魔王を倒し、この世界を救ってくれるようにと。」



 え?それじゃあ、アベルに転生する前に、俺はこの女神にちゃんとチュートリアルを受けていたという事なのか?



「じゃあ、そのために僕たちを家族ごと転生させたという事ですか?」



「家族ごと?」



「え?俺と母親と、父親も転生してますけど…。」



 そう言って俺はオカンと倒れているオヤジを指差した。



「あーら、私とした事が。転生させたのは、あなただけのはずだったのに。それはごめんなさいね…。」



「ごめんなさいって…。そのせいで、オトンが死んだんですよ?」



「それについては心配ありません。以前あなたに説明しましたが、あなたたちの魂は、もうこの世界にとどまる事が出来ないのですから。」



「え?それってどういう…。」



「この世界では魔王によって人々の生活が脅かされていました。そして、世界の平和を望む人々の()()()()を使い、神である私が奇跡を起こしたのです。あなたたちを、この世界に転生させるという奇跡を。」



 人々の願いの力?それが女神の力の源になっているという事か?



「そして魂の抜けた、つまりもともと死んでいたこの世界の人間の身体に莫大な魔力とともに、あなたたちの魂を結びつけたのです。」



 それを聞いて、俺は思わず自分の胸を押さえた。


 そこにあった心臓は、今まで通り規則正しく鼓動を続けている。


でも、この身体は死体だった?


 確かに転生した時、アベルの周りは死体だらけで、アベルだけ生きていたのに違和感を感じていた…。そしてオカンとオヤジも…。



「魔王が倒された今、魔物たちも闇の力を失い弱体化しました。人間の世に、平和が訪れるのは確実です。それに伴い、世界の人々が平和を願う気持ちは急速に衰えていくでしょう。もう神の力を待ってしても、死体にあなたたちの魂を結びつづけることは出来ないのです。」



「そんな…僕たちはどうなるんですか?」



「あなたたちの魂が戻れる場所はもちろんたった一つ。つまり、元の世界です。」



「そんなん、メチャクチャ勝手やないか…。私たちを、道具みたいに…。」



 ティナがイザムの遺体を抱き抱えながら、女神を睨みつけた。



「言い訳はしません。私はこの世界の人間の神。この世界の人々を救う存在なのです。ただ、あなたたちの魂は、この世界での経験で輝きを増しています。元の世界に戻っても、その魂の成長は、色々なところであなたたちを助けてくれるでしょう。」



「そんな抽象的な事を言われても…。それにもとに戻るって僕たちこの世界に何年もいたんですが…。」



「それについても心配ありません。この世界で何年たとうが、それはこの世界の話です。あなたの戻る世界では、ほとんど時間はたっていないでしょう。」



「つまり、夢オチってやつですか?」



「夢オチ?うーん。どう説明したら良いのか。仮の話をしましょう。もし、あなたが見た今までの夢が全て、別の世界線で起こった本当の出来事だとしたら?」



「え?」



 そんな事、考えたこともなかった…。もしそうだとしたら、夢というもの自体、存在しない事になるんじゃ…。



「そろそろ時間です。私の言葉は忘れてしまいますが、最後に言わせてください。あなたたちのおかげで世界は救われました。本当にありがとう…。」



「それで、オヤジはちゃんと生き返るんですよね?女神さ…」



 俺が言い終わらないうちに、周りは白い光に満ちあふれていき、俺は意識を失った…。





「… …。はっ!」



 目を開けると、僕は家のリビングに座っていた。


 テーブルには食べかけの卵かけご飯と味噌汁がある。いつもの我が家の朝食メニューだ。



 俺、座ったまま眠っていたのか?



「史くん!早よ食べんと学校遅れんで!」



「あれ…。」



 何か、長い夢を見ていた気がする。とても楽しかったり、苦しかったり。でもとても充実していて…。


 そして…すごく悲しいことがあったような…。



「あれ?オヤジは?」



 弾かれたように俺はリビングを慌てて見まわした。


 リビングには、一緒に朝食を食べているオカンしかいなかった。



「何いうてんのよ…。お父さんは…。」



 伏目がちにそう言うオカン。



 え…まさか…。



ガチャ



「ふう。」



 何か満足げな表情で、廊下からリビングに入ってきたのはオヤジだった。



「お父さん、食事中にトイレ行かんといてって何度も言うてるやろ?」



「ああ、スマンスマン、久しぶりの便意だったもんでな。良かった良かった。ひさびさにモリモリと…。」



「あんた!食事中にそんな話やめてくれる!?ホンマ、メチャクチャやで。…あれ?史くん、あんた泣いてんの?」



 え?オカンに言われ、自分の頬を触ると、なぜか涙が流れている。



「史くん、学校でいじめられてるんか?何があったんや?お母さんに言うてみ?」



 そう言って騒ぎ始めたオカンに俺は何でもないと告げる。



「何かわからんけど、少し安心したんや…。」



「何言うてんのやろこの子は?朝からホンマ…あれ?お父さんお箸…。」



「え?箸?」



「お父さん、箸、左手で使ってるやん。あんた、右利きやったやんな?」



「んん?ホンマやな。何でやろ?」



「何でやろって…。自分のことやろ?ホンマメチャクチャやな…。あれ?何か、左利きの知り合いに最近会った気がするやけど…。誰やったかな〜。お父さん心当たりある?」

 

「ええ?左利き?知らん知らん。俺は何も覚えてないで!何も知らん。」



「何を慌ててんのこの人は…。」



 我が家の食卓は今日も騒がしい。



「ごちそうさま。」



 学校へ向かうため家を出た俺は、ふと空を見上げた。



 そこには、雲の全くない、抜けるような青い空が広がっている。



 空って、こんなに美しかったかな?



 そんな事を考えながら、俺は学校へと歩いて行こうとした時、玄関のドアが勢いよく開けられ、オカンが素足のままで飛び出してきた。



「史くん、今日学校休みやで!」



「え?学校から連絡きたん?」



「いや、なんか知らんけど、今日日曜やねん。木曜日のはずなんやけど…。シフト、無断で休んでもうたわ…。」



読んでいただきありがとうございます!

評価等いただければ、とても励みになります!

どうかよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ