【書籍一巻発売記念SS】エイプリルフール
「────エイプリルフール?」
公爵家の自室にて、私はパチパチと瞬きを繰り返した。
聞いたことのない単語だったので。
『異国独自の文化か、何かかしら?』と考える私を前に、ルカはニッと笑った。
「ああ、嘘をついても許される日のことだ。俺の生まれ育った国では、毎年お祭り騒ぎになるイベントなんだぜ」
『どっかの会社が嘘企画したりさ』と例を挙げつつ、ルカは頭の後ろで手を組む。
「こっちの暦はよく分かんねぇーけど、季節的にエイプリルフールの時期っぽいんで今日を『嘘をついても許される日』とする」
何故か勝手に決定を下し、ルカはこちらへ身を乗り出してきた。
「ってことで、ベアトリス────嘘をつけ」
「……えっ?」
唐突な無茶ぶりに目を剥き、私は衝撃のあまりソファから落ちそうになる。
『い、今なんて……?』と困惑する私の前で、ルカは腰に手を当てた。
「ほら、何でもいいからさ」
「そ、そう言われても……」
「『実は私、世界一強いんです』とか、『ケーキなら、十トン食べられます』とか色々あるだろ」
『嘘は無限大だ』と言い切るルカに、私は眉尻を下げる。
「でも、そんな大それた嘘は……」
「いいじゃん。どうせ、俺しか聞いてないんだし」
『細かいことは気にすんな』と主張し、ルカは肩を竦めた。
『お前は難しく考え過ぎなんだよ』と述べる彼を前に、私は考え込む素振りを見せる。
「まあ……それもそうね。じゃあ────」
エイプリルフールという文化を体験することに決め、私は顔を上げた。
「────実は私、プリンに目がないの」
嘘ではなく本当にプリンは好きだけど、『目がない』というほどではない。
正直、他のデザートと同じくらいね。
「いつか、こんなに大きいプリンを食べてみたいわね」
手を大きく広げてサイズを表現し、私はチラリとルカの反応を窺う。
『こんな嘘で、どうかしら?』と思案していると、不意に部屋の扉が開いた。
「────そうか。では、早急に大きいプリンを用意するとしよう」
そう言って、部屋に入ってきたのは他の誰でもない父だった。
お、お父様!?一体、いつの間に!?というか、いつから話を聞いて……!?
全く予想してなかった展開に、私はひたすら狼狽える。
ルカも、父の登場は想定外だったようで『マジかよ……』と遠い目をしていた。
「音も気配もなく来るから、察知出来なかったぜ……さすが、光の公爵様」
『本当、規格外』と苦笑し、ルカは小さく頭を振る。
黒い瞳に呆れと感心を滲ませる彼を他所に、父は自身の顎を撫でた。
「それから、世界中の色んなプリンを掻き集めて試食会でもするか」
「えっ!?あの、それは……!」
「あと、プリン専門のパティシエを雇うのもありだな」
「いや、そこまでしていただく必要は……!本当、お気持ちだけで……!」
ブンブンと首を横に振り、私は必死に父を止めようとする。
でも、彼は揺るがなかった。
「遠慮するな。娘のためなら、これくらい何でもない」
こちらまで足を運び、父は優しく私の頭を撫でる。
『ここは素直に甘えなさい』とでも言うように。
じゅ、純粋な厚意であるが故に心が痛い……!
『嘘をついている』という罪悪感に苛まれ、私は胸元を押さえた。
と同時に、口を開く。
もう全て正直に言ってしまおう、と思って。
「えっと、あの……本当に違うんです!実はさっき言ったこと全部、嘘で……!エイプリルフールで……!」
しどろもどろになりながらも真実を伝えると、父はスッと目を細めた。
「ベアトリスはいい子だな」
「はい?」
「そのような嘘をついてまで、私に気を遣うとは」
青い瞳に穏やかな光を宿し、父は少しだけ表情を和らげる。
完全に勘違いしている彼を前に、私は思わず唖然とした。
────と、ここでルカがこちらを向く。
「ベアトリス、諦めろ。この親バカ公爵様に何を言ったって、無駄だ」
うっ……!まあ、何となくそんな気はしていたわ……。
「なんつーか、俺のせいで悪いな」
ううん、謝らないで。ルカに非はないわ。ただ間が悪かっただけよ。
軽く目配せして『気にしないで』とアピールし、私はおもむろに顔を上げた。
その際、胸辺りまである銀髪がサラリと揺れる。
「分かりました。では、お父様のお言葉に甘えることにします」
────と、告げた数時間後。
夕食の席で本当に巨大プリンが出たし、世界中の色んなプリンを食べ比べした。
また、これは後日になるが、プリン専門のパティシエを確保することにも成功。
その結果────私は本当にプリン好きとなった。
だって、どれも凄く美味しいんだもの。これは夢中になるわ。
各プリンの味や食感を思い返し、私は少し頬を緩める。
そして、『嘘から出た誠』という諺を脳裏に思い浮かべた。




