告白と親バカ
「ベアトリス、俺は────お前のことが好きだ。これからは前でも後ろでもなく、俺の隣を歩いてほしい」
いつになく真剣な声色で言葉を紡ぎ、ルカはじっと目を見つめ返してきた。
どことなく熱を帯びた黒い瞳を前に、私はキュッと唇に力を入れる。
だって、こうでもしておかないと思い切り顔を緩めてしまいそうだから。
嗚呼、良かった……ルカも同じ気持ちで居てくれた。
正直、十一年も想い続けてくれるのか不安だったから凄く嬉しい……嬉しいな。
胸に広がる安堵と歓喜を噛み締め、私は両手で頬を押さえる。
その際、肌越しにじんわりと熱が伝わってきた。
『あっ、これ絶対赤くなっている』と確信しつつ、私は黒い瞳を見つめ返す。
「わ、私も────ルカが好き。是非、隣を歩かせてほしい」
緊張のあまり声を上擦らせながらも、私は何とか想いを伝えた。
すると、彼はホッとしたように表情を和らげる。
「あんがと。超嬉しい。ぶっちゃけ、ベアトリスと結ばれるのは無理あるかな~?って思っていたからさ」
「えっ?どうして?」
反射的に聞き返す私に対し、ルカは呆れたような表情を浮かべる。
『無自覚かよ』とボヤきながら。
「『どうして』って、そりゃあ────こんだけ綺麗になっていたら、他の男が放っておかないだろ」
「……へっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げ、私はピシッと固まった。
が、直ぐにルカの言葉を理解し、頬を紅潮させる。
「き、綺麗って……そんな……」
「いや、これは誰がどう見ても美人だろ。正直、再会したときはベアトリスの美貌にやられて上手く声を出せなかったわ」
『その隙に公爵様がベアトリスを攫っていくし』と零し、ルカは小さく肩を竦めた。
「これで恋人や婚約者が居ないのは、奇跡だろ。まあ、あの公爵様なら全力で男関係を排除するとは思っていたけどさ」
「────ほう?よく分かっているじゃないか、害虫」
そう言って、ルカの背後から姿を現したのは────他の誰でもない父だった。
物凄い形相でルカを睨みつける彼は、聖剣に手を掛けている。
またもや力ずくで抜刀しようとしている彼を前に、私とルカはたじろいだ。
「お、お父様いつの間に……?」
「今しがた、だ。なかなかベアトリスが戻ってこないから、心配になって様子を見に来たんだ」
「ぐ、グランツ達はどうした!?」
「そこに居るぞ」
顎で扉の前を示し、父は『勝手に付いてきたんだ』と零す。
────と、ここで知らないうちに開いていた扉からグランツ皇帝陛下達が顔を出した。
「す、すまない、ルカ。これでも、かなり頑張ったんだけど……」
「足止めは十五分で限界だった。まあ、お前はベアトリスの恩人のようなものだし、殺されることはないだろ。多分」
「いや、最後の一言!超不安になるんだが!?」
『“多分”って、なんだよ!』と喚き、ルカはサッと青ざめた。
逆行前にこれでもかというほど父の強さを目の当たりにしたせいか、本気で怯えている。
『俺の命もここまでなのか……!?』と嘆く彼を前に、父は力ずくで聖剣を抜いた。
「髪の毛一本すら残さず、消し去ってくれる」
「この親バカ公爵様、誰か止めて!?」
大急ぎで結界魔法を展開して身構えるルカに、父は容赦なく斬り掛かる。
「我が娘を誑かす輩は全て処す……」
「いや、待っ……話を……!」
あっさり破壊された結界を前に、ルカは頭を抱え込んだ。
『聖剣の権能、やばすぎだろ!』と叫びながら追加の結界を展開し、何とか耐える。
でも、明らかに劣勢で……消耗戦に持ち込まれれば、負けるのは確実だった。
る、ルカを守らないと……!
『大切な想い人をここで失う訳にはいかない』と思い立ち、私は────父の前に立ちはだかった。
聖剣で斬られる可能性など、一切考えずに。
だって、父は絶対に私を傷つけないから。
現に振り下ろした聖剣の軌道を変えて、刃先が私に触れるのを防いでくれた。
「ベアトリス……!」
珍しく焦りを露わにしながら、父は聖剣を鞘に収める。
と同時に、私の肩を掴んだ。
『怪我はないか』と心配する彼の前で、私は一つ深呼吸する。
「お父様、ルカを傷つけないでください。私の大切な人なんです」
「……」
なんだか不服そうな様子で、父は私の背後に居るルカを見据えた。
眉間に深い皺を刻み込む彼に対し、私は必死に言葉を投げ掛ける。
「ルカを好きになってほしい、とは言いません。相性などもあると思うので……でも、ルカの存在や私との関係性は認めてほしいんです」
「……関係性というのは?」
「そ、それはえっと……」
僅かに頬を紅潮させ、私はドレスのスカート部分を強く握り締めた。
改めて言うのは、なんだか気恥ずかしくて。
あっ、でもちょっと待って。私とルカの関係性って、恋人で合っているのかしら?
お互いの気持ちを確認したり、ずっと一緒に居る約束をしたりはしたけど……『付き合おう』とか、『結婚しよう』とかは言ってなかったような?
先程の会話を思い返し、私は『果たして、どんな関係性なのか』と自分でも分からなくなる。
なので、
「ねぇ、ルカ。私達って、その……交際していると見て、いいのよね?」
当事者に確認を取ってみた。
すると、父がすかさず私を抱き寄せる。
「関係性がハッキリしていないとは、何事だ?まさか、ベアトリスとは遊びだったのか?」
「いや、そんな訳ねぇーだろ!超真剣だし、本命だわ!じゃなきゃ、十一年も想い続けられねぇーよ!」
思わずといった様子で言い返し、ルカは私の手首を掴んだ。
と同時に、軽く引っ張る。
「俺的には、さっきの告白の時点で付き合っているつもりだったんだが……!?てか、可能なら今すぐ結婚したいくらいだわ!」
「却下だ。ウチの娘は渡さない」
更に強く私を抱き締め、父は『嫁になぞ、出すものか』と述べる。
真っ青な瞳に覚悟を宿す彼の前で、ルカはヒクヒクと頬を引き攣らせた。
「いやいやいやいや……!いい加減子離れしてくださいよ、お義父さん!?」
「誰が『お義父さん』だ。そんな風に呼ばれる所以はない」
「所以なら、ありますよ!俺、娘さんの生涯のパートナーなんで!」
「だから、そんなの認めないと……」
「お、お父様……!」
必死に声を張り上げて父の言葉を遮り、私はゆっくりと身を起こす。
と同時に、青い瞳を見つめ返した。
このままじゃ、埒が明かないわ。
だから、何か私から……お父様を説得出来るようなことを言わないと。
『娘の主張なら、耳を傾けてくれる……筈』と考え、私はギュッと手を握り締める。
「ルカとの交際を認めてください。お願いします」
とにかく頭を下げて頼み込み、私はキュッと唇に力を入れた。
すると、父は困ったように視線を逸らす。
「そんな何処の馬の骨かも分からない奴に、娘を任せるのは……」
「ルカは『何処の馬の骨かも分からない奴』では、ありません。だって、私を何度も助けてくれて……お父様とのすれ違いを正してくれたのだって、彼です」
「……だが、相手は異世界人。文化や環境の違いで、色々と苦労する羽目になるかもしれないぞ」
「覚悟の上です」
価値観の相違で苦しむことになっても一緒に居たいんだと主張し、私はペリドットの瞳に強い意志を宿す。
珍しく一歩も引かない姿勢を見せる私に、父は狼狽えた。
が、頑として首を縦に振らない。
どこか意地になっているとさえ思う彼の態度に、私はそっと眉尻を下げた。
「どうして、そこまでルカを毛嫌いなさるのですか……私達のために色々してくれた恩人なのに」
「ベアトリス……」
どことなく暗い面持ちでこちらを見据える父に、私はゆらゆらと瞳を揺らした。
「それに私の大切な人を邪険にされるのは、とても悲しいです……」
別に温かく迎えて入れてほしかった訳じゃない。
もちろん、仲良く出来るならそれに越したことはないけど。
でも、こうやってあからさまに拒絶反応を示されるのはショックだった。
『ルカはいい人なのに……』と思案する中、不意に頭を撫でられる。
「悪かった、ベアトリス。大事な娘を取られたくなくて、少し意地になっていた」
『さすがに大人気なかったな』と反省し、父は少し身を屈めた。
しっかりと目線を合わせて向かい合い、僅かに目を細める。
「ルカとの交際を認めよう」
「!!」
カッと目を見開く私は、反射的に父の袖を掴んだ。
と同時に、口を開く。
「ほ、本当ですか……?」
「ああ。ただし、婚約や結婚はまだ先だ。それぞれ、きちんと自分の足元を固めてからにしなさい」
まだ私もルカも地盤が不安定なため、恋仲であることを発表するのは時期尚早と言える。
なので、私は次期公爵としての立場を、ルカはこちらの世界での地位を築き上げる必要があった。
『そうなると、婚約や結婚は数年後になりそうね』と思案しつつ、私は青い瞳を見つめ返す。
「分かりました。まずは一人前の貴族となれるよう、頑張ります────ルカもそれでいいかしら?」
チラリと後ろを振り返って問い掛けると、ルカは間髪容れずに首を縦に振る。
「おう。今すぐ結婚する必要はどこにもねぇーし、焦ってやることでもないからな。俺らのペースで頑張ろうぜ」
「貴様は死ぬ気で、やれ。怠けることは許さない」
『休むな。寝るな。働け』と唱える父に、ルカは呆れ気味に苦笑を漏らした。
かと思えば、大きく息を吐く。
「俺だけ、ハードモードかよ……しかも、そこら辺のブラック企業よりよっぽど酷い条件だし」
「なんだ?不満か?」
「いいえ~。好きな女と結ばれるためなら、やりますよ。だから────」
そこで一度言葉を切ると、ルカは握ったままの手を勢いよく引っ張った。
と同時に、後ろからギュッと私を抱き締める。
「────今のうちにベアトリスを明け渡す準備でもしておいてくださいね、お義父さん」
ニヤリと笑って挑発し、ルカは『マジ、速攻でノルマ達成するんで』と宣言した。
その途端、父は額に青筋を浮かべる。
言うまでもなく、ルカに怒りを感じていて……早くも第二ラウンドが始まりそうになっていた。
鈍感な私でも分かるほど殺伐とした空気が流れる中、『はぁ……』と深い溜め息を零す。
若干頬を紅潮させながら。
もう……ルカの馬鹿。
背中越しに伝わってくる彼の体温を前に、私は緩む頬を押さえた。
『愛する婚約者に殺された公爵令嬢、死に戻りして光の公爵様(お父様)の溺愛に気づく 〜今度こそ、生きて幸せになります〜』は、これにて完結となります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
本作はただ単純に『溺愛パパ、書いてみたいなぁ』という思いから始まったものなので、こうして多くの方に読んでいただけてなんだか不思議な気持ちです。
正直、『特に話題にもならず、ひっそり終わっていくんだろうなぁ』と思っていたので……(笑)
本作を見つけてくださった皆様、本当にありがとうございました。
さて、そろそろ本作の裏話を……と言いたいところですが、その前に一点ご報告があります。
なんと、本作……書籍化が、決定しました。
これも皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!
詳細は下記の通りになります。
◆タイトル◆
→愛する婚約者に殺された公爵令嬢、死に戻りして光の公爵様(お父様)の溺愛に気づく 〜今度こそ、生きて幸せになります〜
◆発売日◆
→4月1日
◆レーベル◆
→アース・スター ルナ様
◆イラストレーター◆
→ニナハチ様
◆著者◆
→あーもんど
◆その他◆
→巻末SSという形で、リエート(お父様)視点の逆行前エピソードを収録
詳細は以上になります。
少しでも興味を持っていただけましたら、幸いです。
(まだ先になるかとは思いますが、試し読み出来るようになったら是非イラストだけでもご覧くださいませ……!
ニナハチ様の描くお父様やベアトリス、すっごく素敵なので!)
では、本作の裏話に移ります。
・本当はルカを異世界人(というか、透明人間)にする予定じゃなかった
→グランツの右腕として普通に登場させるつもりだったが、ベアトリスのファーストコンタクトが公爵様によって大分難しいことを考慮し、『透明人間にしよう』と考えた。そこから諸々設定を練り直して異世界人に変更した、という経緯がある。
・初期設定だと、ルーナの妊娠は魔法薬のせいじゃなくて、皇帝と初夜を共にしたからだった
→さすがに女性向け作品でこれは生々しすぎるな、となって変更
・ジェラルドが魔物を生み出していたという設定は、当初なかった
→ただ魔法の才能に秀でているだけでは、インパクトが足りないかな?+魔物という設定を活かし切るには、何か黒幕が欲しい!となり、こうなった。
・タビアは最初の頃、ちょっとベアトリスに嫉妬していた
→『四季を司りし天の恵み』は精霊との親和性が高いエルフから、生まれると思っていたため。『何で人間の小娘なんかに……』という思いが、少なからずあった
本作の裏話は、以上になります。
長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
それでは、改めまして……
本作を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
感想・評価・いいね・ブックマークなどもいただけて、非常に有り難かったです。
大変励みになりました。
また気が向いた時にでも、ベアトリス達の物語(お父様の溺愛暴走記録とも言う)を見に来ていただけますと幸いです!┏○ペコッ




