会いたい
◇◆◇◆
「はぁ……あれから全然ルカに会えていない」
召喚の儀から早一週間が経過し、私は悶々とした気持ちを抱え込む。
だって、もう会える距離に居るのに全く接点を持てないから。
その原因は言わずもがな、父で……とにかく、私からルカを遠ざけようと必死だ。
何度『会いに行きたい』と言っても、なんだかんだ理由をつけて拒まれる。
「こうなったら、こっそり屋敷を抜け出して会いに行くしか……」
ルカのような思考回路に陥り、私は自室のソファで寛ぐバハル達を見つめた。
季節の管理者の力を借りれば、多分何とかなる筈……でも、その前に護衛騎士のイージス卿をどうにかしないと。
『屋敷を抜け出す』なんて言ったら、絶対に妨害されるもの。
開けっ放しの扉の前に立つオレンジ髪の青年を眺め、私は『う~ん……』と唸る。
普通に説得する?でも、イージス卿って基本お父様の命令を絶対遵守しているから、職務放棄なんてしないと思う。
だからと言って、撒くのは……無理よね。
武器型魔道具の練習を通してイージス卿の凄さはよく理解しているため、捕まる未来しか見えなかった。
『さすがに戦闘は嫌だし……』と思案する中、部屋の扉をノックされる。
「ベアトリス様、グランツ皇帝陛下とタビア様がお見えです」
「えっ?」
反射的に後ろを振り返る私は、開けっ放しの扉から侍女に目を向けた。
パチパチと瞬きを繰り返して固まり、慌てて廊下へ出る。
そして、案内されるまま客室へ足を運ぶと、金髪紫眼の美青年と緑髪金眼の美男子がソファで寛いでいた。
使用人から二人の来訪を聞いて駆けつけてきたのか、父の姿もある。
今日はどこかの視察に行くって言っていたけど、大丈夫なのかしら?
またユリウスが泣く羽目にならないといいけど。
などと思いつつ、私はドレスのスカート部分をつまみ上げる。
「ごきげんよう、グランツ皇帝陛下、タビア」
「ああ、久しぶりだね」
「本当はもっと早く来る筈だったんだがな。公爵の妨害さえなければ」
やれやれとでも言うように頭を振り、タビアはティーカップに手を伸ばす。
『魔物関連の話だと言って、やっと屋敷に来られたんだ』と語る彼を前に、私は苦笑を漏らした。
『お手数お掛けして申し訳ない』と考えながらテーブルへ近づくと────タビアがティーカップをうっかり倒してしまう。
その拍子に中身の紅茶が零れ、私のドレスを濡らした。
と言っても、ほんのちょっと……量にして、数滴だけだが。
これなら、直ぐに着替えて洗濯してもらえば落ちそうね。
『侍女にお願いしよう』と考える中、タビアは席を立つ。
「すまない」
「いえいえ、全然大丈夫です」
「火傷はないか?」
「ありませんわ。ご心配、ありがとうございます。とりあえず、着替えてきますね」
『直ぐに戻ります』と言い残し、私は踵を返す。
すると、ここまで一緒に来たイージス卿やバハル達がついてこようとした。
「お着替えだけだから、皆はここに居て」
「レディの身支度に干渉するのは、いけないよ。人を待たせているとなると、どうしても気が急いてしまうからね」
『屋敷内のことだし、一人で行かせてあげて』と主張し、グランツ皇帝陛下は私の意見を後押しした。
そのおかげか、父からも特に何か言われることはなく……自室へ帰還。
久々に一人となった私は、『なんだか、新鮮な気分ね』と頬を緩めた。
まあ、侍女を呼ぶから直ぐに一人じゃなくなるんだけどね。
棚の上にあるベルを手に取り、私は『早く呼んで支度しよう』と思い立つ。
が、不意にノック音を耳にして動きを止めた。
もしかして、お父様やイージス卿から話を聞いて侍女達がこっちに来てくれたのかしら?
『なら、ベルの必要はないかもしれないわね』と思いつつ、私は扉の方を振り返る。
と同時に、またもやノックされた。
「……あら?こっちじゃない?」
音の方向がズレていることに気づき、私はキョロキョロと辺りを見回した。
すると、もう一回コンコンッとノックされる。
「えっ?ベランダの方……?」
思わず身を固くする私は、手に持ったベルを抱き締めた。
だって、ここは二階で……ベランダとはいえ、部屋の窓を気軽にノック出来るような環境じゃないから。
まさか、泥棒……じゃないわよね?もし、そうなら身を潜める筈だし。
こんな風に存在をアピールすることはない。
となると、幽霊……?ほら、小説ではよく『寂しくて、生者にちょっかいを出してしまう』って描写されているから。
イージス卿にルカのことを幽霊だと紹介した際、ボロが出ないようあれこれ勉強したため、私はちょっとだけ怪異に詳しかった。
『幽霊の線、有り得るかもしれない……』と本気で考えつつ、恐る恐る……本当に恐る恐るベランダの方を振り返る。
と同時に、ハッと息を呑んだ。
だって、そこに居たのは泥棒でも幽霊でもなく────ルカだったから。
「よっ!ベアトリス!」
軽く手を挙げて明るく笑う彼は、十一年前と変わらず飄々としている。
艶やかな黒髪を風に靡かせる彼の前で、私は慌ててベルを棚の上に戻した。
そしてベランダに駆け寄ると、窓の鍵を開けて中にルカを招き入れる。
「いきなり、どうしたの?というか、一体どうやってここまで……」
「グランツとタビアに協力してもらったんだよ。俺を元の世界に帰した詫びとして、な。ちなみにタビアが紅茶を零したのは、わざと。ベアトリスを一人にするために、やってもらったんだ」
『あと、屋敷の結界は自力で突破してきた』と言い、ルカは軽く伸びをする。
さすがにちょっと疲れたな、とボヤきながら。
「ったく、公爵様が俺の訪問を受け入れてくれればこんな面倒なことをせずに済んだんだけどな」
腰に手を当て嘆息し、ルカは部屋の壁に寄り掛かった。
かと思えば、ニッと笑う。
「まあ、何はともあれまたこうして会えた訳だし、別にいっか」
夜空のように黒い瞳をうんと細め、ルカはじっとこちらを見つめた。
どこか切なげな眼差しを前に、私はなんだか照れてしまう。
「えっと、その……会いに来てくれて、ありがとう。召喚後の生活はどう?」
「超快適だぜ。なんせ、グランツさまさまが色々世話を焼いてくれているからな。近々爵位や鉱山をもらう予定だし、人生イージーモードって感じ」
『苦労した甲斐があったわ~』と言い、ルカはグルグルと肩を回す。
「そういうベアトリスはどうなんだよ?小公爵になったとは聞いたけど、ここ十数年の暮らしで何か変化はあったか?」
「生活リズムや活動範囲は昔とあまり変わらないわね。でも、たくさん勉強したおかげで出来ることは格段に増えたわ。お父様やユリウスの監修の元だけど、領地経営にも携わらせてもらっているし」
「おお!すげぇじゃん」
『超成長している!』と感激しながら、ルカは目を輝かせた。
かと思えば、そっと眉尻を下げる。
「もう俺があれこれアドバイスしてやる必要は、なさそうだな」
『一人で生きていける』と太鼓判を押すルカに対し、私は目を剥く。
が、直ぐに笑った。
「ええ、そうよ。もうルカのサポートは必要ない────これからは貴方と肩を並べて、歩いていける」
「!」
大きく目を見開いて固まるルカは、まじまじとこちらを見つめた後フッと笑みを漏らす。
「ああ、そうだな。ベアトリスはもう立派な大人だ」
『ただ守られるだけの子供じゃない』と語り、ルカは真っ直ぐにこちらを見据えた。
かと思えば、
「なあ、ベアトリス。十一年前のアレ、改めて言わせてほしい」
と、前置きする。
いつになく凛とした面持ちでこちらに向き合い、ルカは小さく深呼吸した。
と同時に、一歩前へ踏み出す。
「ベアトリス、俺は────お前のことが好きだ。これからは前でも後ろでもなく、俺の隣を歩いてほしい」




