十一年後
「お父様、私────頑張ります」
と、宣言した十一年後。
私は正式に次期公爵の座へ就き、小公爵という肩書きを手に入れた。
まだまだ未熟な部分も多いが、確実に十一年前の私よりは成長しているだろう。
まあ、ほとんどお父様やバハル達のおかげだけどね。
正直、一人だったら……ただ次期当主の教育を受けるだけだったら、ここまで立派になれなかった。
自室の鏡に映る銀髪の女性を見つめ、私はスッと目を細める。
もう泣き喚くだけの少女ではないんだと……大人になったんだと実感しつつ、腰まで伸びた髪を緩く結んだ。
と同時に、後ろを振り返る。
その際、白いドレスの裾がふわりと揺れた。
「バハル、ベラーノ、エーセン、イベルン。どうかしら?変じゃない?」
銀のブレスレットやピアスを見せ、私は『似合っているかな?』とはにかむ。
すると、バハル達は弾かれたようにソファから飛び降りた。
「凄く似合っているわ!」
「あの黒髪も見惚れると思う」
「ほんま、べっぴんさんやで!」
「皆、今のベアトリス様を見たら卒倒しそうなの~」
バハル、ベラーノ、エーセン、イベルンの四人は『自信を持って』と主張する。
相変わらず褒め上手な彼らを前に、私は頬を緩めた。
「ふふっ。ありがとう」
以前よりすんなり称賛を受け入れられるようになった私は、ふわりと柔らかい笑みを零す。
と同時に、扉へ足を向けた。
「じゃあ、そろそろ皇城に行きましょうか」
今回は戴冠式の時と違って人も少ないため、バハル達を同行させる手筈となっている。
無論、グランツ皇帝陛下から許可を取って。
まあ、表面上は季節の管理者の出入りじゃなくて、動物の出入りを認めてもらった形だが。
『出来れば、バハル達のことは秘密にしておきたいからね』と考えつつ、私は廊下へ出た。
その瞬間、何者かに抱き上げられる。
「わっ……!?」
突然のことにビックリして、私は身を固くするものの……直ぐに肩の力を抜いた。
だって、こんなことをするのはこの世で一人だけだから。
「────お父様、不意討ちは困ります」
呆れ気味に注意を促し、私はすぐそこにある父の顔を見つめた。
もう十一年も経って体だって大きくなったのに、この抱き癖はなかなか改善しない……というか、してくれない。
むしろ、悪化しているように思える。
魔物退治の必要がなくなって、屋敷に居る時間が増えたから。
『おかげで、ほぼ毎日この調子』と苦笑を漏らす中、父はじっとこちらを見つめる。
「……本当に行くのか?」
「皇城の件ですか?」
「ああ」
「もちろん、行きますよ」
迷わずそう答えると、父はあからさまに機嫌を悪くする。
その後ろで、様子を見にきたユリウスがプッと吹き出した。
「こ、公爵様が……くくっ……拗ねている……あはははっ!」
「……」
ひぃひぃ言いながら大笑いするユリウスを前に、父は少しばかり眉を顰める。
「……しばらく、職務を放棄してやろうか」
「ちょっ……それはやめてください!私の仕事量が、とんでもないことになります!」
一瞬にして青ざめるユリウスは、ブンブンと首を横に振った。
『想像しただけで、恐ろしい……!』と震え上がる彼に対し、父は
「なら、余計なことは言うな」
と、釘を刺す。
『私は拗ねてなどいない』と示しつつ一つ息を吐き、こちらに向き直った。
「その男には色々と世話になったようだし、礼くらいは言いに行くか」
そう言うが早いか、父は私を抱っこしたまま歩き出した。
かと思えば、玄関前に待機させておいた空飛ぶ馬車へ乗り込み、出発する。
無論、護衛騎士のイージス卿やバハル達も一緒に。
ちなみにユリウスはお留守番である。
『全員出払う訳にはいかないからね』と思案していると、あっという間に皇城へ到着。
「やあ、皆。よく来てくれたね」
『いらっしゃい』と言って、出迎えてくれたのは────多忙を極めている筈のグランツ皇帝陛下だった。
いつもと変わらぬ笑顔で皇城の一室へ案内する彼は、どこからともなくタビアを連れてくる。
「これから、タビアと一緒に隣の部屋で召喚の儀を執り行うから、少し待っていて」
「事前準備は完璧だから、多分五分も掛からない筈だ」
あともう少しの辛抱であることを話すと、タビアは突然こちらを凝視する。
「……人間の成長は本当に早いな」
『少し前まで、こんな子供だったのに』と言い、タビアは自分の腰くらいまで手を下ろした。
恐らく、当時の私の身長を表しているのだろう。
『いや、さすがにもうちょっと大きかったと思うけど……』と苦笑しつつ、私は黄金の瞳を見つめ返した。
「そういうタビアは全然変わりませんね」
「エルフは長寿故に成長も老化も遅い種族だからな。十数年程度では、変化など大してない」
『あと数百年はこのままだろう』と述べるタビアに、私は思わず目を見開く。
想像以上に人間とかけ離れた寿命で、驚いてしまって。
『そのときには、私もう死んでいるわね……』と考える中、グランツ皇帝陛下は掛け時計を一瞥した。
「さて、そろそろ時間だね。行こうか、タビア」
「ああ」
おもむろに身を翻し、タビアはグランツ皇帝陛下と共に隣室へ引っ込む。
パタンと閉まった扉を前に、私はなんだかソワソワしてしまった。
も、もうすぐルカに会えるのよね……凄く嬉しいけど、緊張しちゃう。
一体、どんな表情をすればいいのかしら?最初に掛ける言葉は?
いや、そもそもルカは私のことを覚えているのかな?
もう十一年も前のことだし、忘れられていてもおかしくないわよね。
開口一番に『お前、誰?』って言われたら、どうしよう……?
『じ、自己紹介とか考えておいた方がいい……?』と悩み、私は内心頭を抱える。
早くも不安でいっぱいになる私を前に、バハル達はこちらを振り返った。
「ベアトリス様、とりあえずソファに座ったらどう?」
「ずっと立っているのは大変」
「ベアトリス様は足腰弱くて体力もないから、こまめに休まへんと」
「お茶でも飲んで、ゆっくりするといいの~」
テーブルの上に置かれたティーセットを前足で持ち上げ、イベルンはニコニコと笑う。
『クッキーもあるみたいなの』と述べるウサギを前に、私は肩の力を抜いた。
「そうね。扉の前でウロウロしていても邪魔になっちゃうだろうし、一先ず腰を落ち着けてゆっくり……」
『ゆっくりしよう』と続ける筈だった言葉は、扉の開く音で掻き消された。
「────ベアトリス?」
聞き覚えのある声が耳を掠め、私は反射的に振り返る。
すると、そこには────会いたくて堪らなかった黒髪黒目の青年の姿が。
「ルカ……」
ほぼ無意識に彼の名前を呼び、私はただ呆然と立ち尽くす。
この状況に感情が追いつかなくて。
初めて見る透けていないルカを前に、私は大きく瞳を揺らした。
そして、何か言おうとするものの────
「再会は終わったな。早く帰るぞ」
────父に遮られる。
『えっ……?』と思った時には、もう遅くて……いつものように抱き上げられていた。
「仕事が溜まると、ユリウスに文句を言われるからな。今のうちに引き上げよう。イージス、精霊を持て」
「了解です!」
ビシッと敬礼して応じるイージス卿は、素早くバハル達を抱き上げた。
『いつでも行けます!』と示す彼を前に、父は部屋の窓から飛び降りる。
すると、少し遅れてイージス卿も降ってきた。
お、落ち……?いや、それよりもルカとの再会は……!?
慌てて顔を上げて、私は先程まで居た部屋に目を向ける。
が、父の全力疾走によりあちらの様子を確認出来なかった。
いつの間にか馬車の停まった場所まで戻って来ていた私は、目を白黒させる。
は、早すぎて何がなんだか……。
困惑を隠し切れず、私は額に手を当てた。
『ルカとの再会、まさかの三十秒……?』と瞬きを繰り返す中、イージス卿も少し遅れて合流する。
そして、さっさと馬車に乗り込むと、一も二もなく屋敷へ帰還した。




