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成長したい

「それでは、続きまして────王冠の授与に移ります。アンジェラ・ベル・ルーチェ前皇后陛下、よろしくお願いします」


 司会の呼び掛けに、貴賓席に座る紺髪の美女は片手を上げて応じた。

席を立ってステージへ向かい、息子のグランツ皇帝陛下と顔を合わせる。

と同時に、侍従から王冠を受け取った。


「グランツ」


「はい、母上」


「大きくなったわね、本当に」


 サンストーンの瞳に喜びとほんの少しの寂しさを宿し、アンジェラ前皇后陛下は穏やかに微笑む。


「まだ親元を離れるのは早いと思っていたけど、それは私の間違いだったみたいね。もう貴方は立派な大人よ」


 王冠を胸に抱え、アンジェラ前皇后陛下は優しく慈しむようにグランツ皇帝陛下の頭を撫でた。


「これから、きっと色んなことがあると思う。苦労も不幸も困難も、貴方は人より多く経験することでしょう。でも、大丈夫よ。だって、貴方は一人じゃないもの。力になってくれる友人が、支えてくれる臣下が、背中を押してくれる家族が居るわ。だから、胸を張って堂々と歩いて行きなさい。たとえ、それが道無き道であろうとも」


 『貴方は道を切り開いていける人間よ』と言い聞かせ、アンジェラ前皇后陛下はグランツ皇帝陛下の肩に手を置いた。

かと思えば、やんわり力を込める。

それを合図に、グランツ皇帝陛下は跪いた。


「母上の言葉、胸に留めておきます」


 いい意味で肩の力を抜き、グランツ皇帝陛下は柔らかく微笑んだ。

きっと、自分でも気づかないうちに気を張っていたのだろう。

今回の即位は良くも悪くも異例ばかりだったから。

『緊張しない方がおかしいわよね』と思案する中、アンジェラ前皇后陛下は王冠を持ち直す。


「────皇帝グランツ・レイ・ルーチェ、貴方をルーチェ帝国の主として正式に認め、この王冠を授けます」


 畏まった口調でそう言い、アンジェラ前皇后陛下は王冠をそっとグランツ皇帝陛下に被せた。

かと思えば、両肩を軽く掴む。


「貴方の作る時代が、どうか幸福で溢れていますように」


「ありがとうございます」


 アメジストの瞳をうんと細め、グランツ皇帝陛下は立ち上がった。

かと思えば、こちらへ向き直って微笑む。

どこか誇らしげに胸を張って。

思わずハッと息を呑む私を他所に、他の招待客は盛大な拍手を巻き起こした。

────こうして戴冠式は滞りなく終了し、各々皇城を後にする。


 今日のグランツ皇帝陛下……本当に立派だったな。

ルーチェ帝国の君主という肩書きに相応しい威厳を放っていた。

だって、もう皇帝陛下と呼ばれているところを見ても全く違和感がないから。

たった半年でこの段階に到達するのは、至難の業だっただろう。

それでも、グランツ皇帝陛下は努力を重ねて成長したんだ。


 もうすっかり大人になってしまったグランツ皇帝陛下を思い浮かべ、私は少し悶々とする。

なんだか、置いて行かれたような気がして。

いや、元々の立ち位置も目指す方向性も違うのだからそんなことを考える方がおかしいのだが。

でも────私だって成長したい、と思った。

グッと手を握り締める私は、何の気なしに馬車の窓を眺める。

すると、ルカの瞳みたいに真っ暗な夜空が目に入った。


 ルカとの再会は十一年後……それまでに立派な大人になろう。

胸を張って、彼と会えるように。


 『今のままじゃ、ダメだ』と奮起し、私は明るい未来を見据える。

────が、具体的に何をどうすればいいのか分からず、考え込んだ。


 まず、『立派な大人』って何かしら?単純に強いこと?人生経験豊富で、物知りとか?


 『う~ん……』と唸り声を上げ、私は少し眉を顰める。

と同時に、眉間辺りを軽く(つつ)かれた。


「何をそんなに悩んでいるんだ?ベアトリス」


 膝の上に載る私をじっと見つめ、父は『何か嫌なことでもあったか?』と尋ねる。

心配そうに顔を覗き飲んでくる彼の前で、私はハッとした。

『立派な大人』の定義が、分かったような気がして。


 そっか。お父様のようになれば、いいんだわ。

だって、皆の憧れの英雄なんだから。理想像としては、最適な筈。

問題は私がお父様のようになれるか、どうかだけど……。


 『実の娘だけど、あまり似ていないのよね』と思いつつ、私は真っ青な瞳を見つめ返す。


「あの……お父様のようになるには、どうすればいいですか?」


 『当事者に話を聞くのが一番』と判断し、私は質問を投げ掛けた。

すると、父は少し驚いたように目を見開く。


「どうしたんだ?いきなり」


「えっと、お父様のようになりたくて……でも、どうすればいいのかよく分からないというか」


 そっと眉尻を下げてそう答えると、父はスッと目を細めた。

かと思えば、優しく私の頭を撫でる。


「私の娘という時点で、もう私そのものと言っても過言ではないが……」


「いや、過言だろ」


 思わずといった様子で、タビアは口を挟む。

『何を言っているんだ?こいつは……』と呆れ返る彼を他所に、父はそっと私の手を握った。


「だが、もっと私に近づきたいというのならまず形から入ってみるのはどうだ?」


「形から?」


「ああ。結論から言うと────公爵になるんだ」


「!?」


 爵位を継ぐという発想が全くなかった私は、目を剥いて固まる。

現公爵(お父様)唯一の実子ではあるけど』と思案する私の前で、父はフッと笑みを漏らした。


「あまり難しく考える必要はない」


「で、ですが……」


 父の時と違って魔物退治の必要性がないとはいえ、領地経営やら社交界やら貴族としての義務を果たさなければならない。

生半可な気持ちで、出来るとは思えなかった。

『私でもちゃんとこなせるかしら……』と不安を覚える中、父はトントンと背中を叩く。


「大丈夫だ、きちんとユリウスのような人材を用意しておくから。いざとなったら、その者に丸投げしなさい」


「おい、この親バカ救いようがないぞ」


 『普通、ここまで娘を甘やかすか?』と溜め息を零し、タビアは小さく(かぶり)を振った。

俗世に疎い彼でも、滅茶苦茶な言い分であることは分かるらしい。

だが、指摘された当の本人はどこ吹く風だった。


「ベアトリス、私のようになりたいなら自由でありなさい」


 『常識なぞに囚われるな』と主張し、父はおもむろに窓の外を眺める。


「私は自分で言うのもなんだが、かなり自由に過ごしてきた。皇帝からの呼び出しを断ったのは一度や二度じゃないし、我が妻に色目を使ったバカ貴族共を血祭りに上げたのだって数回ある」


「お、お父様……」


 なんと言えばいいのか分からず、私は曖昧に笑って誤魔化す。

『思ったより、凄い過去を持っていた……』と狼狽える私を前に、父はこちらへ視線を戻した。


「だから、お前も自由に生きなさい。それが、私リエート・ラスター・バレンシュタインのようになる一番の近道だ」


 真っ青な瞳をうんと細めて述べる父に、私は瞳を揺らす。


 自由に生きる……一見とても簡単そうに見えるけど、これは我を押し通す勇気と自信がなきゃ出来ない。

私にとっては、ある意味一番難しいことかもしれない。

でも……だからこそ、挑戦したい。立派な大人へ成長するために。


 キュッと唇を引き結び、私は真っ直ぐに前を見据えた。


「お父様、私────頑張ります」

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