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戴冠式

◇◆◇◆


 ────戦争の終結から、早半年。

ジェラルドの処罰やエルピス皇帝陛下の生前退位など目まぐるしく日常が変化していき、世代交代の時期を迎えた。


「もう戴冠式か。本当にあっという間ね」


 黄色のドレスに身を包み、髪型もハーフアップにしてもらった私はじっと招待状を眺める。

なんだか、感慨深くて。

ようやく『未来を変えられたんだ』という実感が湧いてくる中、


「「「「ベアトリス様、本当に綺麗」」」」


 と、称賛の声を掛けられた。

反射的に後ろを振り向くと、そこにはバハル達の姿が。

ソファから飛び降りて傍に駆け寄ってくる彼らは、キラキラした目でこちらを見つめた。


「ひまわりみたいで、愛らしいわ」


「太陽より輝いて見える」


「こんなに可愛いと、老若男女あらゆる人間の心を攫ってまうで」


「そして、海より深い恋の沼へ落ちてしまうのよ」


 バハル、ベラーノ、エーセン、イベルンの四人は思い思いの感想を述べてニコニコと笑う。

『本当によく似合っている』と褒める彼らに、私は少しばかり頬を紅潮させた。


「ありがとう、皆」


 なんだか擽ったい気分になりながら、私はふわりと柔らかく微笑む。

────と、ここで部屋の扉をノックされた。


「ベアトリス、入ってもいいか?」


「あっ、はい。どうぞ」


 慌てて化粧台の前から立ち上がり、私は後ろを振り返る。

と同時に、扉は開け放たれ────白と青の正装を身に纏う父が現れた。

その後ろには、何故かタビアの姿もある。


「あら……?」


 予想外の出来事に思わず反応を示すと、父が大きく息を吐いた。


「殿下……いや、もう陛下か。とにかく今日の主役から、エルフの世話を頼まれた」


「私も戴冠式に招待されたんだ。是非晴れ姿を見に来てほしい、と」


 手に持った招待状をこちらに見せ、タビアは小さく肩を竦める。


「本当は来るつもりなど、微塵もなかったんだが……ジェラルドにまで、『行ってきてほしい』と言われてな。『行かないと、治療しない』と駄々を捏ねるものだから、仕方なく」


 やれやれと(かぶり)を振り、タビアは『あの兄弟、本当に厄介だな』と零した。

珍しく疲れた素振りを見せる彼の前で、私は苦笑を漏らす。


「あっ、そういえばジェラルドの様子はどうですか?」


 タビアは現在、ジェラルドの主治医として幽閉場所に何度も足を運んでいる。

そのため、彼の現状にはとても詳しかった。

『元気に過ごせているといいけど』と心配する中、タビアは腕を組む。


「一応、記憶喪失のフリをしていることも考え、慎重に接しているが……今のところ、本当にただの子供だな。あちこち走り回って、たまにイタズラして、普通の癇癪を起こして……よく元皇帝を困らせている」


 淡々とした口調でそう語り、タビアは自身の腰に手を当てた。


「おかげで、元皇帝はぎっくり腰を頻発するようになった。昨日で祝五十回目」


 それは果たして、『祝』と表現していいものなのかしら……?


 『名誉の負傷みたいなもの……?』と困惑しつつ、私は黄金の瞳を見つめ返す。


「そうですか。とにかく、幸せそうで良かったです」


 『安心しました』と語り、私はホッと胸を撫で下ろした。

ジェラルドには、今度こそ家族の温もりと愛情を感じてほしかったから。

『この調子ですくすく育ってほしいな』と願っていると、父がこちらへ手を伸ばす。


「では、そろそろ行こう」


 いつものように私を抱き上げ、父はクルリと身を翻した。

かと思えば、ローブ姿のタビアへ視線を向ける。


「エルフ、耳はフードで隠しておけ」


「言われなくても」


 素早くフードを被り、タビアは『エルフであることがバレたら面倒だからな』と零す。

いそいそと身嗜みを整える彼の前で、バハル達はこちらを見た。


「「「「ベアトリス様、行ってらっしゃい」」」」


 今回はデビュタントパーティーよりも多くの人が集まるため、バハル達は留守番を言い渡されていた。

混雑しているところに行って、何かトラブルに巻き込まれたら大変なので。

『何かお土産を買って帰ろう』と心に決めつつ、私はうんと目を細める。


「行ってきます」


 ────と、返事した数時間後。

私達は例の如く空飛ぶ馬車に乗って皇城を訪れ、会場に入った。

デビュタントパーティーの時と違って座席が用意されている空間を前に、指定の椅子へ腰を下ろす。

そして前を向くと、催しのために設営されたステージが目に入った。


「あら、周りに人が居ませんね」


 私達の居る最前列はもちろん、後ろの列も空いていて……コテリと首を傾げる。

『人の数からして、余っている訳ではなさそうだけど……』と思案する中、父は


「私がこういう席順にするよう、言ったんだ」


 と、何の気なしに答えた。

『えっ……?』と困惑する私の前で、父は肘掛けに寄り掛かる。


「またベアトリスを狙う不埒な輩が、出てくるかもしれない。だから、今のうちに遠ざけておこうと思ったんだ」


「お、お父様……」


「親バカとは、お前のためにある言葉だな」


 唯一同じ列に腰掛けるタビアは、呆れ半分感心半分といった様子で肩を竦めた。

『ここまで来ると、もはや病気だな』と呟く彼に、私は曖昧に微笑む。

────と、ここで会場内が真っ暗になった。


「ご来場の皆様、静粛に願います」


 魔法でも使っているのかどこからともなく声が聞こえてきて、私達は慌てて口を噤む。

他の者達も一様に私語を慎み、ピンッと背筋を伸ばした。

この場にどこか張り詰めたような空気が流れる中、ステージ脇に待機していたオーケストラが楽器を構える。


「これより、グランツ・レイ・ルーチェの戴冠式を執り行います。ご来場の皆様、ご起立ください」


 その言葉を合図に、私達は席を立った。

『いよいよ、本番か』と気を引き締める私達の前で、司会は


「グランツ・レイ・ルーチェのご入場です」


 と、述べる。

すると、ステージとは真逆の方向にある扉が開け放たれた。


 あっ、グランツ殿下……じゃなくて、皇帝陛下だわ。


 正装姿でマントを羽織る金髪紫眼の青年の姿に、私はパッと表情を明るくする。

と同時に、オーケストラの演奏が始まり、グランツ皇帝陛下の登場を盛り上げた。

優雅な足取りで前へ進む彼は、座席の間に作られた通路を介してステージに上がる。

その途端、オーケストラの演奏はピタリと止まった。


「ルーチェ帝国の今と未来を担う者達よ、今日は私のためにここまで足を運んでくれてありがとう」


 こちらに向き直り、感謝の意を示すグランツ皇帝陛下はうんと目を細める。

でも、表情はどこか凛としていて格好良かった。


「エルピス前皇帝陛下の生前退位やハメット王国の元国王ジェラルドの反逆で色々迷惑を掛けたと思うが、これからは私が主導者となって君達を導いていく。苦労を掛けた分だけ……いや、それ以上にルーチェ帝国を豊かにしていきたいと考えているから、どうか私についてきてほしい」


 いつになく力強い口調でそう言い、グランツ皇帝陛下はこちらに手を差し伸べた。


「まだまだ未熟で至らない点も多いと思うが、より良い国を作るため私に力を貸しておくれ。共に明るい未来を切り開いていこう」


 『私達なら出来る』と自信満々に宣言し、グランツ皇帝陛下はグッと手を握り締める。

と同時に、どこからともかく拍手が巻き起こった。

『言われなくても、ついて行きますよ』とでも言うように。


 やっぱり、グランツ皇帝陛下は周りに慕われているのね。

あれだけ皇族関連のことで騒ぎを起こしたのに、全く支持率が下がっていないんだもの。

むしろ、グランツ皇帝陛下の手腕を見て支持する者が増えたように思えるわ。


 『ピンチをチャンスに、とはまさにこのことね』と感心する中、グランツ皇帝陛下は一歩後ろへ下がる。

それを合図に、辺りは静かになった。


「それでは、続きまして────王冠の授与に移ります。アンジェラ・ベル・ルーチェ前皇后陛下、よろしくお願いします」

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