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生まれ直すチャンス《グランツ side》

◇◆◇◆


 さすがにあの怪我では、何も出来ないと思うけど……ジェラルドのことだから、油断は出来ない。


 これまでの苦い記憶が脳裏を過ぎり、私は足早に離宮内を駆け抜ける。

『頼むから、大人しくしていてくれ』と願いながら。

激しく脈打つ心臓を他所に、私は結界で隔離された部屋へ足を踏み入れた。

タビアも少し遅れてやって来て、開けっ放しの寝室の扉から顔を覗かせる。


「……やはり、私は外で待機していた方がいいか」


 エルフという種族そのものがジェラルドのトラウマになっているため、タビアは入室を躊躇う。

下手に刺激しないよう気を遣う彼の前で、私は『そうだね』と頷いた。

またジェラルドが暴走するような事態は避けたいから。


「とりあえず、そこに居ておくれ」


 もしかしたらまた戦闘になるかもしれないので、私は手の届く範囲に居るよう指示した。

そして、騎士や医者の密集したベッドへ近づくと、恐る恐るジェラルドの顔色を窺う。


 ……あれ?反応がない?寝起きでボーッとしているのかな?それとも、単純に疲れているせい?


 包帯でグルグル巻きにされた金髪赤眼の少年を見つめ、私は少しばかり身を屈めた。

と同時に、ふわりと柔らかい笑みを浮かべる。


「やあ、ジェラルド。体の調子はどうだい?やっぱり、まだ痛いかな?」


 『痛み止めの魔法薬でも用意しようか』と話題を振り、私は返答を待つ。

が、見事に無視された。


 私とは話したくもない、ということかな?

だとしたら、さすがにちょっと傷つくけど……でも、ジェラルドからすれば私は一番厄介な敵だろうし、嫌われても仕方ないよね。


 『とはいえ、ショックだな……』と嘆息していると、ジェラルドが心底不思議そうに首を傾げる。


「あの……」


「えっ?あっ、なんだい?」


 まさかあちらから話し掛けてくれるとは思わず、私は少し声を上擦らせた。

『一体、どういう風の吹き回しかな?』と思案する中、ジェラルドは躊躇いがちに口を開く。


「つかぬことをお聞きしますが────『ジェラルド』って、もしかして僕のことですか?」


「「「!?」」」


 この場に居る全員がカッと目を見開き、ジェラルドを凝視した。

ゆらゆらと瞳を揺らしながら互いに顔を見合わせ、唇に力を入れる。


「えっと、これは……記憶喪失、かな?」


「いや、待て。結論を出すのは、まだ早い」


 一旦落ち着くよう促し、タビアはじっとジェラルドを見つめた。

かと思えば、意を決して部屋の中へ足を踏み入れる。


「……相手はあの計算高いジェラルド。演技という可能性は捨て切れない」


 独り言のように懸念点を述べ、タビアはベッドまで近づいてきた。

わざとジェラルドの視界に入って、相手の反応を確認するつもりなのだろう。

もし、記憶があるなら動揺を示すと思って。

でも────


「お耳の長いお兄さん、凄く綺麗」


 ────こちらの予想(不安)を裏切って、ジェラルドはタビアの美貌に見惚れた。

とてもじゃないが、演技には見えない。

キラキラと目を輝かせる彼の前で、私とタビアは困惑を覚える。

と同時に、ルカの言っていたセリフを思い出した。


「「『コレは俺が持っていく』って、そういうことか」」


 ようやく言葉の意味を理解し、私とタビアは顔を見合わせた。

『そういえば、あの魔法陣って逆行前に作成したやつとそっくりだったな』と思いながら。


「ルカは────ジェラルドの記憶(・・)を全部持って行ってくれたんだね、生まれ直すチャンスを与えるために」


「改心させるには、重すぎる過去だったからな……いっそのこと忘れてしまう方が、当人のためにもなるだろう」


 『これで共存する道を選べる』と肩の力を抜くタビアに、私は小さく頷いた。

ホッと胸を撫で下ろしつつ、ルビーのように赤い瞳を見つめ返す。


 一から関係を始めるというのは少し寂しい気もするけれど、ようやく本当の意味でジェラルドの兄になれるのかと思うと嬉しいな。


 『今度はちゃんと家族になろう』と胸に誓い、私は表情を和らげる。


「初めまして。私は君の兄であるグランツ・レイ・ルーチェ。よろしくね」


「は、はい」


 僅かに頬を緩めながらこちらを見つめるジェラルドに、私はついつい笑みを零してしまう。

こういう反応はなんだか新鮮で。


「それで、こっちは君のことを治療してくれるエルフのタビア」


「よろしく頼む」


「こ、こちらこそ」


 慌てた様子で頭を下げるジェラルドに、タビアはコクリと頷いた。

『本来の性格は物凄く素直なんだな』と分析する彼の前で、私はうんと目を細める。


「それから、君のことについてだけど────名前はジェラルド。七歳の男の子だよ。今は怪我と病気(・・)を患っているけど、きっと直ぐに良くなるからね」


 魔物を生成する能力などは伏せて、簡潔に状況を伝える。

嘘をつくのは心が痛むものの、また彼に重荷を背負わせるのは気が引けた。


 確かにジェラルドはやってはいけないことをした。

その結果、何人もの命を奪った。

だから、きちんと責任を取るべきだろう────我々大人が。


 『咎めるべきはジェラルドじゃない』と考えつつ、私はおもむろに立ち上がる。


「タビア、念のためジェラルドの様子を見ておいて。私は────父上のところに行ってくる」


 まだ戦争の結果やジェラルドの安否についてしっかり報告していないため、私は一度席を外した。

そして父の居る執務室へ足を運び、来客用のソファに腰掛ける。

と同時に、諸々の説明を始めた。

先程判明したジェラルドの記憶喪失まできっちり話し、私はおもむろに手を組む。


「ところで────貴族や民の反応はいかがですか?」


 ジェラルドの蛮行に対する賛否を問うと、父は明らかに表情を曇らせた。


「……正直、とても悪い」


 額に手を当てて嘆息し、父は執務机の上に頬杖をつく。


「母方の実家を乗っ取って、反逆した訳だからな……貴族からすれば、このような前例認められないだろう。民だって、上の者達に振り回されるような事態は避けたい筈」


 『少なからず不満を抱いているんじゃないか』と懸念を零し、父は椅子の背もたれに寄り掛かった。

かと思えば、天井を仰ぎ見る。


「不幸中の幸いは魔物の生成能力について、知っている者が少ないことだな。おかげで箝口令を敷いて、情報統制が出来ている。だから、処罰を下すのは反逆の件だけでいい」


 『魔物の件まで加わっていたら、確実に極刑だった』と語り、父は目頭を押さえた。


「とはいえ、子供の癇癪で済ませられない程度には大事(おおごと)になってしまった。あまりいい状況とは言えない」


 『何かしら誠意を見せなくては』と主張する父に、私は相槌を打つ。


「そうですか。では、当初の予定通り今回の一件はジェラルドの皇位継承権剥奪と僻地幽閉、それから────」


 そこで一度言葉を切ると、私は僅かに身を乗り出す。


「────父上の生前退位(・・・・)で、手を打ちましょう」


 ルーチェ帝国の長い歴史で、生前退位を強いられた皇帝は居ない。

病気や怪我などの異常事態で実務から離れることはあれど、正式に皇位から退くのはいつだって亡くなった後だった。

だから、これはかなりインパクトのある出来事……貴族や民も不満を呑み込むしかないだろう。皇帝陛下にここまで誠意を見せられたら。


 戦争前に取り決めておいた本件の落とし所を思い浮かべ、私はじっとアメジストの瞳を見つめ返した。

すると、父は何かが吹っ切れたような……晴れやかな笑顔を見せる。


「ああ、そうだな。子の不始末は親の責任だ。何より、事の発端は余のワガママ……泥を被るべきは、間違いなく余であろう」


 自身の手のひらをじっと眺め、父はスッと目を細めた。


「退位した後はジェラルドと共に、皇室所有の別荘でひっそり暮らすとしよう。今度こそ、一から家族を始めるのだ」


 『余生は全てあの子に捧げる』と宣言し、父はグッと手を握り締める。

と同時に、こちらを見据えた。


「だから、グランツ────ルーチェ帝国のことは頼んだぞ」


 消去法で次期皇帝となれる人材は私しか居ないため、父は帝国の未来を託してきた。

『早く戴冠式をしないとな』と呟く彼を他所に、私は少し複雑な心境へ陥る。


 逆行前(前回)では叶わなかった願いを叶えられて、嬉しい筈なのに……なんだか、少し物足りないような気がする。

きっと、それは────ジェラルドと正々堂々と皇位を賭けて、争えなかったからだろう。

仕方のないこととはいえ、結果的に皇位継承権を取り上げて無理やり決着してしまった。

それが、多分心残りなんだと思う。


 不完全燃焼に近い感覚を覚える私は、そっと眉尻を下げた。

『切磋琢磨していたあの頃が懐かしいな』と思いつつ、強く手を握り締める。

胸の奥で燻る無念を振り払い、真っ直ぐ前を向いた。

たとえ、望まぬ形で得た次期皇帝の座だったとしても……やることは変わらない、と自分に言い聞かせて。


「お任せください、父上。必ずや、ルーチェ帝国の歴史と伝統を……そして、民の暮らしを守ってみせます」


 アメジストの瞳に強い意志と覚悟を宿し、私は次期皇帝という未来に向き合った。

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― 新着の感想 ―
皇帝はもう少し自分の罪を重く受け止めた方が良い。そんな軽く償えるようなものじゃないと思う。
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