ルカの勇気を無駄にしないために
「あの、私────正直に話します。話したい、です」
緊張で震えながらもしっかり自分の意思を伝えると、父は微かに笑った。
「そうか。では、早速話してくれるか?」
『ベアトリスの口から聞きたい』と申し出る父に、私はおずおずと首を縦に振る。
「は、はい。あっ、でも私は途中までしか……」
「大丈夫。ベアトリス嬢の知らない部分は私とタビアから話すよ」
「だから、話せるところまで話してみろ」
『いつでも説明役を代わってやる』と示すタビアに対し、私はホッと胸を撫で下ろす。
と同時に、首を縦に振った。
「そ、それではルカのことを話す前にまず────逆行の説明を」
そう言って、私は逆行前自分の身に降り掛かった出来事を全て語った。
ジェラルドに殺されたことも含めて……。
「「……」」
父とイージス卿はあまりのことに言葉を失い、小刻みに震える。
『ベアトリスが死んだ……?』と呟く彼らの前で、グランツ殿下とタビアは説明役を引き継いだ。
そして、何とかルカの紹介や逆行の経緯まで話し終え、一息つく。
「だから、ルカにはとてもお世話になっているんだ」
「正直、今のところ借りしかない」
「……なるほど」
おもむろに相槌を打つ父は、悶々とした様子で顎を撫でる。
「ルカという者には、今度きちんとお礼をしないといけないな。それで────ウチの娘に近づかないよう、しっかり釘を刺さなくては」
「公爵……」
呆れ気味に苦笑を漏らし、グランツ殿下は複雑な心境を露わにする。
『出来れば、友人の恋路を応援したいんだけど……』と零す彼の前で、父はチラリと離宮の方を見た。
「それはそれとして────ジェラルド・ロッソ・ルーチェ……いや、今はハメットだったか。まあ、とにかく奴は二年前の大厄災のときに消しておくべきだったな」
少しばかり眉間に皺を寄せ、父はグッと手を握り締める。
腹の奥から沸々と湧き上がってくる怒りを堪えるように。
「我が娘の命を奪うなど……万死に値する罪だ。時間が巻き戻ったからと言って、許されることではない。今からでも、トドメを刺しに行くか……」
聖剣に手を掛けて立ち上がろうとする父に、グランツ殿下は焦りを見せる。
「ま、待ってくれ……!公爵、一度話を……」
「今なら、戦争時の負傷による衰弱死として片付けられそうですもんね!」
『殺るなら今しかない!』と奮起し、イージス卿は同行を申し出る。
何故か血気盛んな彼を前に、グランツ殿下は慌てて身を乗り出した。
「頼むから、やめてくれ……!ベアトリス嬢の殺害に関しては、また別の補填をするから……!」
「ジェラルドのことはきちんとこちらで責任を持って、監視・治療する」
『約束しよう』と言い、タビアは父達に折れるようお願いした。
が、父もイージス卿も剣の柄に手を置いたまま。
『一度あることは二度ある、と言うし』と主張する彼らに、私はおずおずと言葉を紡ぐ。
「あ、あの……私からもお願いします。ジェラルドのことは殺さないでください」
控えめに父の袖を掴み、私はじっと目を見つめ返した。
少し驚いたように目を見開く彼の前で、私は背筋を伸ばす。
「私は……ジェラルドに死んでほしいとか、不幸になってほしいとか思っていません。ただ、私の知らないところで元気に暮らしていてくれたら、と考えています」
バハル達にも何度も伝えた自分の思いを言葉にし、私はスッと目を細めた。
と同時に、窓の外を眺める。
「それに────今、ジェラルドの命を奪ってしまったらルカの頑張りが……勇気が無駄になってしまいます。私のために元の世界へ帰る決意をしてくれた、ルカの想いを踏みにじりたくありません」
十一年後に再会したとき、『ルカのおかげで皆幸せに暮らしているよ』と胸を張って言いたい。
『結局、ジェラルドは死にました』なんて、そんなこと……言いたくない。
だから、ルカが『頑張って良かった』と……『勇気を出して正解だった』と思ってくれるような未来を作らないと。
ソレが今、私に出来る唯一のことだもの。
雲一つない青空を見つめ、私は表情を引き締める。
やるべきことが定まったおかげか、気持ちは不思議と晴れやかで……ただ、未来だけを見据えていた。
もう先程までの落胆も悲嘆もない。
『私は私の足で歩いていこう』と決意する中、父は何か眩しいものでも見たかのように目を窄めた。
「もうすっかり、大人だな」
「あっ、はい。一応、中身は十八歳なので」
「そうなんですか!?俺より、年上ですね!」
思わずといった様子で口を挟み、イージス卿はキラキラと目を輝かせる。
『やけに大人っぽいと思っていたんですよ!』と述べる彼の前で、父は優しく私の頭を撫でた。
「とにかく、ベアトリスの言い分はよく分かった。そこまで言うなら、暗殺は一旦見送ろう。だが、今後また妙な動きを見せたら……そのときは容赦なく切る」
「……はい」
青い瞳を真っ直ぐ見つめて、私は首を縦に振った。
正直、また何か仕出かしたら今度こそ切り捨てるべきだと自分でも思うから。
もちろん、そんな事態にならないよう手は尽くすつもりだが。
でも、次期皇帝となることに異様に拘っているジェラルドを説き伏せるのは容易じゃないと思うのよね。
目的のためなら手段を選ばないタイプだと、今回の一件でよく分かったし……。
何より、私はジェラルドに嫌われているようだから……逆行前も今も。
『凄く相性が悪いみたい……』と嘆息しつつ、私は小さく肩を落とす。
────と、ここで父がトントンと背中を軽く叩いた。
まるで、励ますみたいに。
「では、そろそろお暇しよう」
説明も無事終わったため、父は私を抱っこして立ち上がる。
中身はもう大人だと判明した筈なのに、このスタイルは依然として変わらなかった。
「あ、あの……お父様、私も歩きます」
「何故だ?」
「何故って、その……私は一応、十八歳で……」
「だから、どうした?」
「えっ……?」
目が点になって固まる私に対し、父は心底不思議そうに首を傾げる。
「何歳になっても、ベアトリスは私の娘だ。だから、こうして抱っこする権利が私にはある」
「……はい?」
何故それが理由になるのか分からず、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
『親子だったら、何歳であろうと抱っこしていいの……?』と困惑する中、父はスタスタと歩き出した。
どうやら、無言を肯定と受け取ったらしい。
『帰ったら、まずは昼食にしよう』と述べる彼を前に、イージス卿とバハル達は声を弾ませる。
戦争直後で、空腹のようだ。
「公爵、ベアトリス嬢。今日は本当にありがとう。また連絡するよ」
席を立ってこちらに駆け寄るグランツ殿下は、慣れた手つきで扉を開ける。
『途中まで送っていくよ』と述べる彼の前で、タビアもソファから立ち上がった。
「季節の管理者達も力になってくれて、助かった。ジェラルドのことは我々に任せて、ゆっくりしてくれ」
父の足元に居るバハル達を見つめ、タビアは『おかげで誰も死なずに済んだ』と述べる。
────と、ここで侍女の一人が息を切らして駆け込んできた。
「────じぇ、ジェラルド殿下が目を覚まされました!」
その言葉を聞くなり、グランツ殿下とタビアはハッと息を呑む。
挨拶もそこそこに廊下へ飛び出し、あっという間に見えなくなった。




