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僕の欲しいもの《ジェラルド side》

「はい、よろしくお願いします」


 ────と、返事してから早一ヶ月。

他の家族や貴族とも交流を持つようになったものの……依然として、僕の気持ちは晴れなかった。

だって、周りの奴らはいつも僕を通して誰かを見るか……そもそも、見ない。

母方の実家なんて特に酷くて、僕と会うなり『陛下に迷惑を掛けるな』『母親のようなワガママは許さない』と言い聞かせてきた。

まだ五歳の子供に対して、だ。


 陛下も僕を通して、ルーナ(あの女)を見ているし……なんだか、釈然としない。

僕の欲しかったものはコレじゃない。


「どうしたら、みんな僕を僕として扱ってくれるようになるんだ……」


 一人の人間として生きている実感が湧かず、僕は言いようのない絶望感を覚える。

意味もなく自室の天井を眺めながら嘆息し、ソファの上で丸くなった。

────と、ここでふと帝王学を記した本が目に入る。


 あぁ、そうか……僕が────皇帝になれば、いいんだ。

そしたら、みんな僕を無視出来なくなる。本当の意味で、自分の居場所が手に入る。


 我ながら大それた考えだが、僕のような人間はこうでもしないと誰にも見てもらえない。

存在を、思想を、感情を尊重してもらえない。


「……哀れで無様な子供に出来るのは、ただ足掻くことだけ」


 おもむろに立ち上がり、棚に駆け寄る僕は帝王学の本を手に取った。

と同時に、パラパラとページを捲る。


 とはいえ、実母を亡くした僕が皇帝になるのは容易じゃない。

現時点では、ほぼ不可能……母方の実家からのサポートも期待出来ない状況だからね。

皇帝だって、どこまで協力してくれるか……いや、仮に力を貸してくれたとしても、今の第一皇子派を打ち負かすのは難しいだろう。

それくらい、彼らの地位は磐石なものだから。


「この戦況をひっくり返すには、とても強力なカードが必要……」


 『一発逆転を狙えそうなやつ』と思案しつつ、僕は顎に手を当てて考える。

が、どれだけ思考を巡らせてもそんなもの見当たらず……肩を落とした。


 まあ、ある訳ないよね。皇位継承権争いを揺るがすほどのカードなんてあったら、帝国の権力バランスが崩壊してしまう。


 などと考えていると、不意に自我のない精霊を目にした。

と同時に、ハッとする。


「あっ、そうか────ないなら、作ればいいんだ」


 『幸い、材料は揃っているし』と考え、僕は早速行動を開始する。

あまり間が空いてしまうと、効力を失ってしまうため。

『大厄災の恐怖や不安が消え去る前に事を起こさなくては』と思い立ち、僕はこっそり皇城を抜け出す。

そして、魔法を駆使して僻地に赴くと、自我のない精霊へ魔力を流した。


 この忌々しい力を使わなければならないのは腹立たしいが、いちいち手段を選んでいられるほど僕は偉くない。

たとえ、泥水を啜ってでも成し遂げなくては。


 生きる意味となりつつある次期皇帝の座を思い描き、僕は怪物────改め、魔物に変化した精霊を一瞥する。

と同時に、来た道を引き返した。

アレをどうにかするのは、僕の役割じゃないから。


「リエート・ラスター・バレンシュタイン公爵、あとは頼んだよ」


 そう言うが早いか、僕は皇城へ帰還する。

間もなくして、公爵が魔物を討伐したことを聞き、ほくそ笑んだ。


 この調子でどんどん魔物を生成して、公爵に狩らせれば……彼は歴代最高の英雄へ成長するだろう。

そして、魔物が猛威を振るっている間は皇族ですら彼に頭が上がらない……。


「まさに最強のカード。皇位継承権争いを一変させるのだって、夢じゃない」


 帝王学の本を胸に抱き、僕はスッと目を細めた。

と同時に、またもや自室を抜け出す。


 唯一の懸念点は、事前に公爵からの協力を取り付けられなかったこと。

正直、会う機会は作ろうと思えば作れたけど……彼は見るからに地位や権力に興味がなさそうだから。

皇位継承権争いに一石を投じるなんて、嫌がるだろう。


「幸い、公爵には娘が居るし……上手いこと唆して婚姻関係を結べば、必然的に彼はこちらの味方となる」


 『少なくとも、周囲にはそう見える筈……』と考え、僕はゆるりと口角を上げた。

────と、ここで目的地に辿り着く。

風魔法を解いて地上に降り立つ僕は、自然で溢れた周囲を見回した。


 例に漏れず、ここも人気(ひとけ)が少ないな。

まあ、わざとそういう場所を選んでいるんだけど。

もし、万が一魔物の生成場面を誰かに見られたら不味いからね。

それに────街の方で魔物を出現させ、被害が大きくなった場合、公爵の……英雄のイメージが下がるかもしれない。それは困る。


 『せっかく、ここまで人気にしたのだから』と思いつつ、僕は自我のない精霊に魔力を流す。

今回は通常より量を少なくしたからか、精霊はまだ魔物化していない。

『夜間に魔物が出現したら、被害を大きくしてしまうからね』と肩を竦め、僕はふわりと宙に浮く。

その瞬間、街の方から公爵を讃える声が木霊した。

どうやら、ちょうどこちらまで来ているらしい。


 なら、好都合だな。

時間帯など気にせず、魔物化しても良かったかもしれない。


 『要らぬ配慮だったな』と一つ息を吐き、僕は民達の歓声にスッと目を細めた。

条件さえ揃っていればこの称賛を浴びていたのは自分だったかもしれない、と思いながら。


 あくまで一つの案として、僕が英雄役を買って出る構想もあった。

でも、強すぎる子供というのは気味悪がられるため、断念したのだ。

第一、まだ立場が不安定な僕では公爵ほどの影響力を手に入れられなかっただろうから。

きっと、どこからか茶々を入れられて台無しにされるに決まっている。


「やっぱり、英雄役は地位も実力も評判も兼ね備えている公爵が適任だね」


 『その判断に間違いはない』と確信しつつ、僕は自室へ舞い戻る。

使用人の目を盗んでベッドに戻り、一息ついた。


 何はともあれ、計画は順調に進んでいる。

あとは公爵を……作り上げたカードを、自分のものにする(手にする)だけ。


 『そろそろ収穫時期だろう』と目を細め、僕は掛け時計を眺める。

英雄の一人娘ベアトリス・レーツェル・バレンシュタインをどう抱き込むか、考えながら。


 多分、普通に交渉しても無駄だよね。相手は間違いなく、完全なる箱入り娘だし。

理知的に対応するより、感情に訴え掛ける方が確実の筈。

となると────


「────文字通り誑かして、僕に尽くすよう強制するのが一番かな」


 『適当に優しくすれば、きっと堕ちる』と目星をつけ、僕は額に手を当てる。

出来れば、“愛”に関連するようなことはやりたくなかったから。

でも、目的を達成するためなら何でもやると決めたのは自分自身。

文句も不満も呑み込むべきだろう。


 とりあえず、これからはより一層身嗜みに気をつけてベアトリス嬢と接触出来るチャンスを待とう。


 『焦りは禁物だ』と自分に言い聞かせ、僕はそっと目を閉じた。

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