僕を殺せ《ジェラルド side》
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足元に展開された魔法陣を前に、僕は一瞬身構える。
でも────これでもう終わるのかと思うと、少しホッとしてしまった。
いつ癒えるのか分からない渇きと向き合うのは、なんだか疲れてしまったから。
そうだ。このまま、僕を殺せ。
体調不良により歪んだ視界で食い入るように魔法陣を見つめ、僕は肩から力を抜いた。
『僕のような存在は早めに殺しておいた方がいいからな』と思案する中、魔法陣は眩い光を放つ。
反射的に目を瞑る僕は、頭から何かが抜け落ちていくような感覚を覚えた。
と同時に、過去の記憶が脳裏を駆け巡る。
『あぁ、これが走馬灯というやつか』と思いつつ、僕は流れに身を委ねた。
────あれはまだ二歳か、三歳だった頃。
僕はいつものように目を覚ましてベッドから起き上がると、両親の待つ洋室へ足を運んだ。
と同時に、少し身を硬くする。
何故なら、そこには父の姿しかなかったから。
母さんは朝食用の果実でも採取に行っているのかな?
ダイニングテーブルに座る父を一瞥し、僕は一度自室へ戻ろうか悩む。
────と、ここで金色に輝く瞳と目が合った。
「……おい」
「えっ?な、何?」
まさか話し掛けられるとは思わず、僕はつい声を上擦らせてしまう。
だって、父はいつも怖い顔で僕を睨んでくるだけで、必要以上に関わってくることなんてなかったから。
関係性は親子というより、同居人に近いかもしれない。
「こっちへ来い」
「……分かった」
緊張で表情を強ばらせながらも、僕は恐る恐る……本当に恐る恐る父へ近づく。
『普段は傍に寄ることすら、嫌がるのにな』と不思議に思いつつ、目の前に立つと────父は突然右腕を掴んできた。
「□□□、僕がお前の本当の父親じゃないことは何となく気づいているよな?」
「!」
ハッと息を呑む僕は、なんと答えるべきか迷って押し黙る。
すると、無言を肯定と受け取ったのか父は失笑を漏らした。
「まあ、気づいていて当然だな。僕とお前はあまりに似ていない……他人であることは明白だ」
腕を握る手に力を込め、父はゆっくりと椅子から降りた。
かと思えば、目線を合わせるように少し屈み、僕の目を真っ直ぐ見つめる。
「嗚呼、本当に……忌々しい」
黄金の瞳に不快感と嫌悪感を滲ませ、父は小さく歯軋りした。
「お前がちゃんと僕の子として、生を受けていたら……こんなに苦しむことはなかったのに────この出来損ないが」
「っ……」
別に怒鳴られた訳じゃないのに……口調そのものは物凄く淡々としているのに、僕は怖くて身を竦める。
物心ついた頃から、父さんに好かれていないことは分かっていた。
でも、それを指摘したら今の家族関係が破綻しそうで……怖くて、言い出せなかった。
ずっと見ないフリをしてきた過去の自分が思い出され、僕は『どうすれば良かったんだ……』と自問する。
────と、ここで父がスッと目を細めた。
「……でも、僕の子と成るのは今からでも遅くないよな」
そう言うが早いか、父は僕の頭を鷲掴みにし────魔力を流す。
それも、かなりの量を。
「うっ……!」
突然の倦怠感と吐き気に、僕は目を白黒させた。
口元を押さえながら。
なん……なんだ?これ。
僕の魔力に、父さんの魔力が絡んできて……いや、混ざってきて流れを掻き乱す。
まるで、塩と水を無理やり一つにしようとしているような……そんな感じ。
『普通に魔力を流すだけでは、こうならない』と思いつつ、僕は蹲る。
自分の中にある何かが変質していく感覚を覚える中、父はようやく手を離した。
と同時に、母が帰宅する。
真っ青になりながら僕の元へ駆け寄る彼女は、責めるように父を問い詰めた。
が、『愛するためだ』と言われて結局折れ……僕に我慢するよう、頼み込む。
「家族三人仲良く暮らしていくには、もうこれしかないの……愛情の裏返しだと思って、我慢して」
僕の両肩を掴み、母は『お父さんに認められたいでしょう?』と尋ねた。
本当の家族になれることを強く望んでいる彼女に、僕はただ
「分かっ、た……頑張る」
と、首を縦に振る。
いつも優しくて穏やかな母が、初めて言ったワガママを叶えてあげたくて。
何より、家族三人で仲良く暮らせる未来があるならソレを掴み取りたかった。
だから────翌日より始まった人体改造にも、父の汚物を見るような目にも耐えて……耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて、ひたすら耐えてエルフの能力をいくつか再現する。
「これが精霊……」
ただの光の塊としか思えない自我のない精霊を見やり、僕はパッと表情を明るくした。
これなら、父も褒めてくれるかもしれないと思って。
「と、父さん。僕、精霊を視認出来るようになっ……」
「そんなの僕の息子なら、出来て当然だ。取り立てて、喜ぶようなことじゃない」
『大袈裟だ』と言い放ち、父は自我のない精霊へチラリと視線を向ける。
「僕を喜ばせたいなら、自我のない精霊と仮契約出来るようになるんだな」
『そしたら、褒めてやる』と述べ、父は白い光の玉にそっと触れた。
「自我のない精霊と仮契約するには、まず自分の魔力を流す必要がある。量はその時々によって異なるが、多ければ多いほど仮契約の時間は長くなり、強制力も強くなる」
自我のない風の精霊に魔力を与え、父はクルリと人差し指を回した。
その途端、軽く渦を巻くように風が吹く。
普通の魔法とは、やっぱり違うな。
どことなく、爽やかに感じる。
『自然との親和性が高いからかな?』と考える中、父は視線だけこちらに向けた。
「ほら、やってみろ」
「う、うん」
相変わらず冷たい眼差しに怯えながらも、僕は草むらに居る土の精霊へ手を伸ばす。
ピンク色の玉であるソレに触れ、自身の魔力を少し流した。
が、弾かれる。
「あれ……?何で……?」
「チッ……!まだエルフの魔力として、カウントされないのか」
『判定が厳しいな』と眉を顰めつつ、父は僕の腕を掴んだ。
かと思えば、腰に装着したポーチから注射器を取り出す。
赤黒い液体の入ったソレをこちらに向け、刃先のキャップを外した。
「ま、待って……もう一回やったら、出来るかもしれないから……だから、注射は……」
「僕の息子なら、一発で成功させられる。つまり、お前はまだ僕の息子に成れていないということだ」
『もっともっとエルフに近づけないと』と呟き、父は容赦なく僕の腕に注射器を刺した。
と同時に、中身の液体を血管へ注入する。
「あ゛ぁぁぁああああああ……!!!」
断末魔のような叫び声を上げ、僕は地面に膝を突いた。
ドクンドクンと不自然に早まっていく鼓動を前に、『はっ……はっ……』と短い呼吸を繰り返す。
────と、ここで父が注射器をポーチの中に仕舞った。
「あまり騒ぐな。ルーナに聞かれたら、どうする」




