一肌脱ぐ
「タビア、今すぐ炎を解いて!ただでさえ、ボロボロなジェラルドに追い討ちを掛けるつもりかい!?」
『最悪、死んでしまうかもしれない……!』と不安を募らせ、グランツ殿下は表情を強ばらせた。
ゆらゆらと瞳を揺らす彼の前で、タビアはこちらを見据える。
「いや、そうは言ってもベアトリスと公爵が……」
「私達のことなら、気にしなくていい。殿下の言う通りにしろ」
炎の壁越しにジェラルドを見つめ、父は問題なく対処出来る旨を伝えた。
すると、タビアは『分かった』と素直に了承。
直ぐさま、炎の壁を解除した。
恐らく、逆行前の戦いで父の実力を知っているからだろう。
「ベアトリス、じっとしていなさい」
そう言うが早いか、父はまたもや地面を蹴り上げた。
かと思えば、空中に居るジェラルドの背後へ回る。
『また一瞬で……』と瞠目する中、ジェラルドはこちらを振り返った。
「こうなることは織り込み済みだ……!」
『何度も同じ手に引っ掛かると思うな!』といきり立ち、ジェラルドは雷の矢と風の刃を放つ。
かなり至近距離からの攻撃に、私は思わず身を硬くした。
『こんなの避けられない……!』と恐怖する私を前に、父は
「娘を怖がらせないでください。ベアトリスはとても繊細な子なんですから」
と言って、雷の矢と風の刃を聖剣の鞘で叩き落とす。
それも、かなりのスピードで。
『は、早すぎて剣筋が見えなかった……』と驚いていると、父はすかさず足を振り上げた。
かと思えば、ジェラルドの肩に踵を落とす。
「っ……!?」
ジェラルドは骨の折れるような音と共に、急降下していった。
こちらを睨みつけながら。
「まだ懲りないか」
重力に従って落下しつつ、父は大きく息を吐いた。
と同時に、ジェラルドが派手な物音を立てて着地する。
いや、地面にぶつかると言った方が正しいか。
多分、風魔法で威力を殺しているから大丈夫……と思いたいけど、不安ね。
今のジェラルドは冷静じゃないから……。
『私のせいよね……』と落ち込み、そっと眉尻を下げる。
────と、ここで父はストンッと地面に降り立った。
そして、聖剣の鞘を勢いよく振って砂埃を消す。
「ジェラルド殿下、いい加減降伏なされてはどうですか?これ以上、戦っても無駄に傷を増やすだけですよ」
息も絶え絶えといった様子で地面に伏せるジェラルドを見つめ、父は『そろそろ諦めては?』と提案する。
「その負傷状態だと、こちらも手加減が難しい。うっかり、命を奪いかねない」
『あと一発でも殴ったら、死にそうだ』と本気で悩む父に、ジェラルドは目を吊り上げた。
「だ、から……僕は何度も『殺せ』って……言っている、だろ……!手加減なんて、求めて……ない!」
『降伏は有り得ない!』と再度主張し、ジェラルドは何とか起き上がろうとする。
でも、もう本当に限界のようで……足腰に力が入らず、ガンッと地面に頭をぶつけた。
『くっ……!』と悔しげに顔を歪める彼は、真っ赤な瞳に殺意を滲ませる。
と同時に、風の刃と雷をまるで雨のように降らせた。
「もうほとんど魔力は使い切っている筈……一体、どこからこんな力が……」
落ちてくる風の刃と雷を軽やかに躱しながら、父は少し驚いたように目を見開く。
『死にかけのやつが出せる出力じゃないぞ』と困惑する中、ルカは手のひらを前に突き出した。
「こいつ、文字通り命を削って魔法を使ってやがる……!このままじゃ、ガチで死ぬぞ!」
「「「!!」」」
ハッと息を呑む私、グランツ殿下、タビアの三人は堪らず顔を見合わせた。
『どうする!?』と互いに視線だけで問い掛け合い、目を白黒させる。
いっそのこと、こちらから降伏する……!?いや、それだと帝国の未来が……!
貴族だって納得しないでしょうし、私達の独断で決められることじゃない!
でも、それ以外に方法が思いつかないわ……!
平和的に解決する難しさと直面し、私はキュッと唇を引き結ぶ。
己の無力さを呪う私の前で、ルカは突き出した手のひらをギュッと握り締めた。
その途端、ジェラルドは苦しそうに喉元を掻き毟る。
が、決して攻撃をやめなかった。
「チッ……!クソッ!」
何がなんでも諦めない様子のジェラルドに、ルカは焦りを覚える。
「このままじゃ、魔力の過剰放出と酸欠のダブルパンチで死ぬ……!一旦、魔法を解くしかないか……!」
『出来れば、酸欠状態の意識障害で気絶させたかったんだが……』と零しつつ、ルカは魔法を解除した。
その途端、ジェラルドはケホケホと咳き込みながら顔を上げる。
そして、グランツ殿下を睨みつけた。
「言って……おくが、たとえ何とかこの場をやり過ごせたとしても……生きている限り、僕は何度でも……何度でも、お前達に牙を剥く!仲良く過ご、せるなんて……思うな!」
「!」
ジェラルドを助けることの危険性が露わになり、グランツ殿下はたじろいだ。
『果たして、自分のやっていることは正しいのか』と思い悩み、額に手を当てる。
明らかな迷いと不安を覚える彼の前で、私は……いや、私達は何も言えなかった。
全く同じ疑問を抱いていたから。
ジェラルドを生かし続けるのは……救いたいと思うのは、私達のエゴかもしれない。
だって、彼自身は助けなど求めてなくて……依然として、自分本位。
目的のためならば、手段を選ばない。
だから、必要なら誰かを傷つけ、利用し、陥れる……そんな危険な人物を、私達は改心させられるのだろうか。
そして────心を入れ替えるまでの間に、あと何人犠牲になるんだろうか。
『その被害を受けるのは、私達じゃないかもしれない』と考えつつ、震える指先を握り込む。
「誰にも死んでほしくないという想いは……理想は間違っていたの?」
涙声で悲嘆を吐き出し、私は握った手を胸元に添えた。
────と、ここでルカが深い深い溜め息を零す。
「別に間違ってねぇーよ。ただ、甘ちゃんだとは思うがな。でも、そういう子供っぽいところ────俺はわりと好きだぜ」
グッと親指を立てて無邪気に笑い、ルカはジェラルドの前まで足を運んだ。
かと思えば────風魔法を駆使して、地面に魔法陣を描き始める。
「……えっ?」
ジェラルドを中心に構築されていく魔法陣に、私は目を白黒させる。
だって、こんなことをしたらルカの存在が周りにバレてしまうから。
いや、グランツ殿下やタビアの属性に関連する魔法陣なら、まだ何とか……。
ギリギリ誤魔化せる可能性に賭け、私はふと顔を上げた。
と同時に、目を剥く。
何故なら、グランツ殿下とタビアが見るからに『不味い!』と焦りを露わにしていたから。
『待て……!』とでも言うように首を横に振る二人の前で、ルカは小さく肩を竦める。
「しょうがねぇーだろ。あっちは降伏する気0な上、瀕死状態で下手に気絶させられないんだから。もうこうするしかないんだって」
腰に手を当てて嘆息し、ルカはジェラルドの頭に手を翳す。
「さすがに目の前で死なれたら、寝覚め悪いしな。今回は俺様が一肌脱いでやるよ」
『感謝しろ、クソガキ』と言い、ルカは完成した魔法陣に魔力を込めた。




