ジェラルドの悪足掻き
「私は────」
そこで一度言葉を切ると、父は勢いよく地面を蹴り上げた。
かと思えば、いつの間にか空中に居て……ジェラルドの背後を取っていた。
えっ……えっ?一体、何が起きたの?
瞬間移動と言っても差し支えないスピードに、私は呆気に取られる。
『瞬きの間に景色が変わった……』と困惑する中、父は
「────第二皇子を片付ける」
と言って、ジェラルドの後頭部を蹴り落とした。
一瞬の躊躇いもなく。
た、多分手加減はしていると思うけど……これって、大丈夫なの?
ジェラルド、死んでない……わよね?
あまりの出来事に動揺してしまい、私は目を白黒させる。
『打ちどころが悪かったら……』と心配する私を他所に、父は華麗に着地した。
かと思えば、軽く片足を上げ────砂埃の中から出てきた風の刃を踏みつける。
「これはさっきのやつじゃないな」
『新たに生成したのか』と述べつつ、父は何かを薙ぎ払うような動作をした。
すると、砂埃は見事霧散する。
かなり鮮明になった視界を前に、父はまたもや地面を踏みつけた。
先程より、ずっと強く。
じ、地面が割れている……。
父の足先から前へ掛けて入った亀裂に、私はパチパチと瞬きを繰り返した。
皆が口を揃えて、『公爵様は規格外』と言っていた意味を今一度実感する中、何者かの呻き声を耳にする。
何の気なしにそちらへ視線を向けると、亀裂の間に片手を挟まれるジェラルドの姿があった。
「……聖剣なしで、この強さとは」
地面に蹲った状態でこちらを見上げ、ジェラルドはポタポタと額から血を流す。
恐らく、落下の際に負った怪我だろう。
『咄嗟のことだったから、勢いを殺し切れなかったんだ……』と思案する中、父は空を仰ぎ見た。
「殿下、ご無事ですか?」
「ああ、イージス卿やタビアが風の刃を叩き落としてくれたおかげで無傷だよ」
『ほら』と言って腰を捻り、グランツ殿下は汚れ一つ付いていない体を披露する。
と同時に、結界を解いて地上へ降り立った。他の二人も一緒に。
多分、グランツ殿下がまとめて浮遊魔法を掛けていたためタイミングが重なったのだろう。
「さて、ジェラルド」
一定の距離を保ちつつ、グランツ殿下は歩を進める。
どこか、緊張した表情を浮かべながら。
「そろそろ、本当に降参してくれないかな?」
『ボロボロじゃないか』と眉尻を下げ、グランツ殿下は真っ直ぐに前を見据える。
これ以上危害を加えるのは気が引ける様子の彼に、ジェラルドは失笑を漏らした。
かと思えば、スッと表情を消す。
「降参は有り得ません。やめてほしかったら────僕を殺してください」
赤い瞳に確かな意志と覚悟を宿し、ジェラルドは降伏勧告を撥ね除けた。
迷う素振りさえ見せない彼を前に、私は思わず
「どうして、そこまで皇帝になりたいの……?」
と、口走ってしまう。
だって、本当にジェラルドのことが分からなくて……。
逆行後も逆行前も、ジェラルドは常に皇帝となる未来だけを考えてきた。
そのためなら、毛嫌いしている恋愛も厭うべき魔物も利用する徹底ぶり。
正直────変だと思う……。
だって、ジェラルドは皇位継承権争いを勝ち抜かないと死ぬとか、周りの大人から皇帝になるようプレッシャーを掛けられているとか、そういう状態じゃないもの。
あくまで彼自身の判断であり、感情……。
『真っ先に思いつくのは、復讐だけど……』と考え、私は悶々とする。
────と、ここでジェラルドがこちらを見た。どことなく、濁った瞳で。
「貴方には、きっと理解出来ませんよ」
ニッコリ笑ってそう言い、ジェラルドは手元へ視線を落とす。
「そもそも、『誰かに理解してほしい』なんて思っていません」
どこか突き放すように……『こっちへ踏み込んでくるな』とでも言うように、ジェラルドは私という存在を拒絶した。
今度は剣の刃じゃなくて、言葉の刃で。
「……ジェラルドはいつも、そうよね。肝心なところは言わずに隠して、偽って……なかなか、素顔を見せてくれない」
逆行前に作ったジェラルドとの思い出が脳裏を駆け巡り、私はポロポロと涙を零す。
結局、彼の本心を聞けたのはたった一回……死ぬ間際だけだったな、と思いながら。
「確かに私が貴方の気持ちや考えを理解するのは、難しいかもしれない。でも、寄り添うことは出来た筈よ……少なくとも、私は────そうしたかった」
逆行前の無念や後悔を吐き出し、私はクシャリと顔を歪めた。
すると、ジェラルドは────一筋の涙を流す。
「……はっ?何で僕……」
濡れた頬にそっと触れ、ジェラルドは信じられないとでも言うように頭を振った。
何がなんだか分からない様子で、目を白黒させている。
「なんだ、この気持ち悪い衝動……これは僕の感情じゃない……」
口元に手を当てて軽く嘔吐き、ジェラルドはギュッと目を瞑った。
かと思えば、忌々しげにこちらを睨みつける。
「ベアトリス・レーツェル・バレンシュタイン、僕に何をした……!」
「えっ?わ、私は何も……」
「嘘をつけ!お前が何かした訳ではないなら、これは……!」
苛立たしげに前髪を掻き上げ、ジェラルドは『違う違う違う……!』と繰り返した。
明らかに様子のおかしくなったジェラルドに驚いていると、彼はギシッと奥歯を噛み締める。
そして────
「この女さえ消えれば、この気持ちもきっと……!」
────地面の間に挟まった自身の手を風魔法で、切り落とした。
ブシャッと飛び散る血を他所に、彼はこちらへ向かってくる。
が、グランツ殿下やタビアに行く手を阻まれた。
「ジェラルド、一旦冷静になろう」
「何が起きたのかよく分からないが、ベアトリスを消されるのは困る。思い留まってくれ」
「僕に指図するな!」
これでもかというほど感情的になるジェラルドは、ところ構わず雷を落とす。
ついでに風の流れも滅茶苦茶にして、吹き荒らしていた。
ど、どうしよう……?私、凄く余計なことを言ったんじゃ……?
『うっかり逆行前の呼び方や口調で話しちゃったし……』と青ざめ、私は狼狽える。
『やってしまった……』と今更ながら後悔する私を他所に、戦闘は再開された。
「邪魔だ……!」
グランツ殿下やタビアに向かって風の刃を放ち、ジェラルドは浮遊魔法で急上昇した。
かと思えば、半ば落下するようにしてこちらへ向かってくる。
「タビア、ジェラルドを!私は風の刃を処理する!」
「バッッッカ!お前の魔力はもう残り少ないんだから、大人しくしておけ!」
『俺のスケープゴートになってくれればいい!』と主張し、ルカは突風で風の刃を押し返した。
と同時に、タビアが炎の槍を発射する。
「……チッ」
クシャリと顔を歪めるタビアは、急いで私達の前に炎の壁を出現させた。
炎の槍で、足を貫かれたジェラルドを眺めながら。
「まさか、捨て身で来るとは……避ける気配も、防ぐ素振りも一切見せなかったぞ」
「ベアトリスしか眼中にない、って感じだな。これじゃあ、炎の壁に突っ込んでくるかも」
失速した風の刃を風の刃で撃ち落としつつ、ルカは嘆息した。
『この火力って、人体で耐えられるレベル?』と思案する彼を前に、グランツ殿下が身を乗り出す。
「タビア、今すぐ炎を解いて!ただでさえ、ボロボロなジェラルドに追い討ちを掛けるつもりかい!?」




